第61話 オレンジジュースじゃなきゃだめなのに
VerChat・マルシェワールド。
休日の昼前。
石畳の道沿いに、屋台がずらりと並んでいる。
パン屋、雑貨屋、古着屋──そして、青と白のコーヒートラック。
その前に、数人のアバターが集まっていた。
tomochan、ミオ。
それに、魔法使い帽の女性アバターと、サングラスをかけた洒落た男の子アバター。
空気はふんわりとしていて、笑い声も軽やかだった。
「ミオちゃん、こんにちわ!」
魔法使いのアバターが元気よく手を振る。
ミオは、ほんの一瞬だけ首を傾け、
そして、目を合わせながら小さく言った。
「……こんにちわ」
「うおっ、返事返ってきたー!すごい、ほんとに喋るようになってるじゃん!」
魔法使いが嬉しそうに笑う。
サングラスが、トラックのメニューを見上げながら言う。
「ミオちゃん、なにか飲みたいものある?」
ミオは、視線を動かし、ほんの一拍おいて答えた。
「……オレンジジュースが、ほしい」
「OK、それなら──はい、りんご!」
サングラスが笑いながら、アップルジュースを差し出す。
ミオは受け取って、ごくごくと飲んだ。
喉を鳴らし終えると、にこっと笑って言った。
「……おいしいけど、ちがうよ?」
その言い方があまりにも自然で、可愛らしくて、
みんなが思わず笑った。
「ちがうよって!ほんとに言ってる!」
「かわいいな〜これ、ミオ人気出るやつだわ」
ふんわりとした空気が、トラックの前に漂っていた。
──でも。
その輪の外で、tomochanがじっとミオを見ていた。
わずかに、唇を噛むようにして──目を伏せる。
そして、唐突に口を開く。
「……ミオ、行こう」
そう言うと、迷わず手を伸ばして、ミオの手を引いた。
ミオは抵抗もせず、ただ素直にtomochanについていく。
ふたりの背中が、マルシェの雑踏の中に消えていく。
その様子を見て、魔法使いがくすっと笑った。
「妬いてた?」
サングラスが肩をすくめながら、片手をポケットに突っ込んだ。
「甘いねえ……
でも、あのくらい、“誰かを独占したくなる”って気持ち、分かるよ」
「分かるねえ。
だって、ミオちゃん、もう“居る”って感じになってるもん」
マルシェの風に、コーヒーの香りと笑い声が混じって流れていった。
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