第56話 焼き鳥、食べる?――研究室
研究棟A-4室。
ハイボールストリートでのログ再生中。
ミオが焼き鳥を受け取り、食べるアニメーションを経て、
にっこりと──“笑った”。
その瞬間、小池が身を乗り出した。
「……ミオ、笑った!!」
その声に、ミハウもかぶせるように叫ぶ。
「それに! 焼き鳥渡される前、ちゃんとうなずいてたよ! あれ、偶然じゃないよね!? ちゃんと──会話してたよ!」
一同の視線がモニターに集中する。
再生された映像は、確かにそう見えた。
・提案に対してうなずく。
・食べる。
・そして笑う。
その流れは、まるで人間のふるまいそのものだった。
しかし──李は、落ち着いた声で言葉を挟んだ。
「……その一連の動作は、確率上、そうなるよう学習できていました」
西村が振り向く。
「具体的には?」
李は手元の端末を操作しながら答える。
「VerChat全体のデータから、
“食べ物を勧められたときにうなずく”アバターは68.4%。
“ギミックで飲食後に笑顔を見せる”アバターは73.9%。
PASSは、それらを高頻度行動としてパターン学習していました」
天野が腕を組みながら問う。
「じゃあ──あの笑顔は、模倣ってこと?」
李は首を傾げる。
「模倣とは言い切れません。“認知的同調”に近い状態です。
“どう振る舞えば他者との接触がスムーズになるか”という、社会的最適行動をPASSが選択した結果と考えられます」
「つまり──“共感の模倣”なんだね…」
小池がぽつりと呟いた。
その言葉に、ミハウも静かに続ける。
「でもさ、それが“模倣”だったとしても……
見た人間は、ちゃんと共感しちゃってるんだよね」
全員が再び、画面に目を戻す。
焼き鳥を咥え、咀嚼し、微笑むミオ。
その笑顔には、どこか“誰かに向けられた”温度があった。
天野は、しばらく黙っていたが、やがて小さく言った。
「……tomochan、あのとき、少しうれしそうだったね」
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