第55話 焼き鳥、食べる?
VerChat・ハイボールストリート。
仮想の飲み屋街。赤提灯、紙ランタン、ザラついた床の質感。
時刻は夕方に設定されているが、現実ではまだ昼過ぎ。
それでもここには、いつも一定数の“常連”がいた。
酔っ払いロールプレイに興じるアバター、カラオケ風ギミックで歌う者、
料理を配って回るウェイター型のユーザー……
あちこちで雑多なチャットログが立ち上がり、賑やかだが緩やかな空気が流れていた。
その喧騒のなか──
tomochanと、白いワンピースの少女が現れた。
「……あれ、ミオじゃね?」
「え? あのAIって、ひとりでしか動かないって話じゃなかった?」
「後ろ……ついてる。あの子、連れてるの?」
ざわめきが小さく広がっていく。
ミオは変わらず、tomochanの一歩うしろを歩いている。
にぎやかなストリートの雰囲気にも、怯える様子も、過剰な演技もない。
ただ、自然に、そこに“いる”。
その様子に、一体のロボット型アバターが近づいてきた。
焼き鳥屋の屋台を引いている。
「おいおい、すごいの連れてるじゃないか、小僧くん」
tomochanが少し驚いたように足を止める。
「……あ」
「そっちの美人さん、焼き鳥、食べるかい?」
そう言って、ロボットは串をひとつ、ぎこちなく掲げた。
tomochanが振り返る。
ミオは、ロボットを見たあと──一瞬、tomochanの顔を見て、
そして、こくりと、うなずいた。
「……食べるって」
「おっ、いい反応!」
ロボットは串をミオの前に差し出す。
すると、ワールドに用意された飲食ギミックが作動した。
ミオが、ゆっくりと串に手を伸ばし、演出アニメーションが再生される。
──口元に運び、パクッと咥える。
──咀嚼動作のあと、にっこりと微笑む。
──手を合わせ、ほんの一言。
「……おいしかった」
周囲で見ていたユーザーたちが、どよめく。
「えっ、食べた……?」
「ちゃんと、反応してる……」
「まじで共存AIってやつ……?」
ロボットは、大きく手を叩いて笑った。
「いやあ、面白い!ほんとに連れて歩いてるんだな!」
そして、インターフェースを操作しながら言った。
「じゃあ、記念に──フレンド申請、いいかな?」
通知がふたつ、順に表示される。
“tomochan:許可しました”
“AI-MIO:許可しました”
ロボットは、少しだけ声を低くして言った。
「ありがとよ、ふたりとも。
ここじゃ珍しいくらい、あったかいもん見た気がするよ」
そしてまた、提灯の明かりの下へと戻っていった。
tomochanとミオは、その後も少しだけ歩き続けた。
ミオは、先ほどと変わらず──tomochanの少しうしろを、穏やかについていく。
だが、その動きには、確かに“何かを覚えていこうとする意志”が宿っていた。
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