第54話 カルガモみたいに――研究室
スタンバード大学・研究棟A-4室。
ホワイトボードの前、モニターには噴水の街ワールドの映像が流れていた。
小柄な男の子アバター──tomochan。
その後ろをついて歩く、白いワンピースの少女──ミオ。
二人がゆっくりと並び、
そして、キツネのアバターとやりとりをする様子が、
静かに再生されていた。
キツネが笑いながらフレンド申請を送り、
ふたりが同時にそれを許可する。
──その瞬間。
西村が、ぽつりと呟いた。
「……ミオが、tomochanを救ってる」
誰も、すぐには反応できなかった。
その言葉はあまりに自然で、
でも、あまりに重く、響いていた。
やがて、小池が、静かに口を開いた。
「そっか……
tomochanが、あのキツネさんとフレンドになれたのって──
ミオが、そばに居たからだ」
「自分ひとりじゃ、話しかけられなかったかもしれない。
でも、“誰かと一緒”だったから、話ができた」
そう言って、小池はモニターに映るミオの背中を見つめた。
天野は椅子の背にもたれながら、ゆっくりと問う。
「……これって──共存、できているのかな」
西村が答える代わりに、PASSのログを指差した。
「“人との関係の中で、新たな接点を発生させた”──
そう判断されてる」
李もそっと補足する。
「tomochanの対人インタラクション記録に、“自己発信”が発生しました。
これは、AIの存在によって“行動変容”が生まれた、初めての事例です」
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
噴水の街で、ふたりがまた並んで歩き始める。
カメラは回り、ログは積み上がる。
だがそこには、数値化できない“なにか”が確かにあった。
天野は、ゆっくりとモニターに手を伸ばしながら言った。
「……共存、してるんだな。
ミオと、人間が」
小池が小さくうなずく。
「うん……それも、すごく優しい形で」
モニターの中。
ミオは、tomochanを一歩後ろから、変わらずついていっていた。
まるで──“ひとりでは届かない誰か”を、そっと押してあげるように。
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