第53話 カルガモみたいに
VerChat・噴水の街ワールド。
中世風の石畳と、街角のカフェテラス。
中央には、白い噴水が音も静かに水を湛えていた。
空は快晴。
でも、それはただの演出──現実世界では、平日の午前11時だった。
ログインユーザーは20人ほど。
仕事の合間に散歩している人、VRゴーグルをつけたまま寝落ちしているアバター、
誰かの配信を見ながらカフェ椅子でくつろぐ者──
にぎやかではないが、一定の“朝の風景”が出来上がっていた。
そこに──
ジョイン音がふたつ。
「AI-MIO」
「tomochan」
並んで現れたふたりに、周囲がわずかに注目する。
小柄な男の子アバターと、白いワンピースの少女。
とくに後者──ミオの存在は、一部のユーザーにとって“特別”だった。
「……あれ、ミオちゃん……?」
「え、あのAI、誰かと一緒にいる?」
ささやきが、街の隅々に静かに広がっていく。
ふたりは、何も言わずに歩いていた。
石畳をゆっくりと進む。
tomochanの一歩遅れて、ミオも同じ歩幅で続く。
その姿に、目を留めたひとりのユーザーが近づいてきた。
キツネの面をつけた、白と橙の和装アバター。
どこか中性的な声が響く。
「おやおや……珍しいものを見たよ」
tomochanが立ち止まり、少し顔を上げる。
「……何?」
キツネは首を傾げて、ミオをじっと見つめる。
「その子、あんまり誰かと一緒に居ることないって聞いてたからさ。
こうしてついてくるの、なんだか新鮮でね」
tomochanは、ちょっと考えてから言った。
「……付いてくるようになった」
キツネは、目を細めた。
「ふふっ、カルガモみたいだね。
親だと思われてるんじゃない?」
tomochanは何も返さなかった。
でも、すぐ隣のミオが、ほんの少しだけ視線を動かし──
キツネの方を見た。
その仕草が、あまりにも自然だったので、
キツネは声を漏らした。
「……うわ、ほんとに“生きてる”みたいだ」
そして、手をひらひらと振る。
「面白いものを見せてもらったよ。
よかったら──フレンド、送っていい?」
キツネがメニューを開き、ふたりにフレンド申請を送信する。
“tomochan:許可しました”
“AI-MIO:許可しました”
ふたつの通知が、順に浮かんだ。
キツネは少し笑って言う。
「また見られるといいな。ふたりで歩いてるとこ」
そう言って、カフェ通りのほうへと去っていった。
残されたふたりは、また黙って歩き出す。
でも、どこか、空気が少しだけ──
“人のいる場所”になっていた。
↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!




