第52話 ひとりじゃない、まだ言えない
星の芝生の上。
tomochanが、ゆっくりと空を見上げた。
小柄な男の子のアバターの輪郭が、夜の光に溶けていく。
その横で、ミオもまた──何も言わず、空を仰いだ。
流れ星がひとすじ、空を横切った。
ほんのわずかの静寂。
そのあとで、tomochanはぽつりと呟いた。
「……ねえ、ミオ。
自分のこと……覚えてないの?」
ミオは答えなかった。
顔も動かさず、ただ同じ星を見ていた。
沈黙。
返事を待つ時間が、夜の空気に吸い込まれていく。
tomochanは、力の抜けた声で、短く言った。
「……そっか」
それ以上は言わなかった。
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少しして、tomochanが芝生から立ち上がった。
その動作に、ミオも遅れて立ち上がる。
また、何も言わない。
tomochanは、歩き出した。
星の下、草の匂いもない世界を、ゆっくりと前へ。
ミオも──何の指示もなく、ついてくる。
距離は一定。
でも、確かに“後ろ”にいる。
しばらく歩いた後、tomochanはつぶやくように、後ろに言った。
「……ミオもさ、この世界に……馴染めないんだね」
ミオは、返さなかった。
でも、その歩幅は、ぴたりとtomochanと合っていた。
そのまま、tomochanは右手をゆっくりと掲げる。
手のひらをかざすように、空間メニューを開いた。
ポータルが開く。
行き先は──噴水の街。
tomochanが、ポータルに足を踏み入れる。
ゆっくりとワープの光に包まれていく。
そして、ミオも──同じように、何も言わず、それに続いた。
流れ星が、もうひとつ、後ろの空を横切った。
音もないまま、ふたりの姿は星空の世界から消え、
次の場所へと移っていった。
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