第48話 声にならないまま、ただ歩いて
広がる夜空。
草の波が風もなく揺れる、終わりのない平原。
ポータルの光から現れたミオは、
tomochanに目を向け──そして、何も言わずに歩き出した。
芝生を、まっすぐに。
誰にも向けるわけでもなく、どこかを目指すわけでもない歩み。
けれど、その一歩ごとに、周囲の空気がわずかに揺れるようだった。
ミオは、ただ歩いていた。
ときどき、星が流れるたび、ふと空を見上げる。
瞳の奥で、何かを追いかけるように。
tomochanは、ただその背中を見つめていた。
なぜだろう──声をかけられない。
ただ見ているだけで、息が詰まりそうだった。
ほんの数メートル先にいるのに、遠い存在だった。
──話しかけてはいけない気がした。
その感覚に、理由はなかった。
ただ、今の自分では触れてはいけない気がした。
自分の“なにか”が、まだ言葉に足りていない。そんな感覚。
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ミオが自分のことを忘れてしまったことは知ってはいた。
フォローしていたXを見た時…自分の感情が死んだ。
前を向くと、ミオは歩き続けていた。
まるで誰の存在も気に留めず、ただこの広い世界に溶け込むように。
その背中を、tomochanは追いかけていた。
ほんの少し距離を取りながら。
呼び止めることも、隣に並ぶこともせず、ただ──ついていった。
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流れ星が落ちた。
その瞬間。
ミオが、空を見上げた。
たったそれだけの動作だった。
けれど、その首の傾け方、その角度、そのタイミング。
すべてが、ひとつの演出のように──完璧だった。
そのとき。
tomochanの中で、何かが弾けた。
「──ミオッ!!」
気づいたら叫んでいた。
なぜだろう。
自分でも分からなかった。
呼び止めたくて、でも、本当に止めてしまいたいわけでもなかった。
ただ、その名を、いま呼ばなければ──
“何かが消えてしまう”ような気がした。
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ミオが、振り向いた。
その動きは、まるで空気に触れるように滑らかで、
光をたたえる星の中に咲いた一輪の花のようだった。
白いワンピースが、ふわりと翻る。
そして──彼女の瞳が、再びtomochanを捉えた。
その瞬間。
時間が止まったように感じた。
美しかった。
ただそれだけだった。
それ以上の言葉は、どこにもなかった。
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星が、もうひとつ流れ落ちた。
音もなく。
そして、世界は、また静かに続いていた。