第47話 星の芝生に、朝の孤独
VerChat・夜空と芝生のワールド。
地平線まで広がる柔らかな草原に、静かに星が瞬いている。
空気は淡く、風は吹かない。
それでも、どこか肌に触れるような冷たさがあった。
──現実の時刻は、朝の10時。
でも、ここはずっと夜だ。
tomochanは、ログインしてからずっと、この草の上に座っていた。
まるで、時間が止まった世界のように。
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彼は思い返していた。
小学生の頃──
みんなが「ギャーギャー」騒ぎながら鬼ごっこをしていたあの校庭で、
ひとりだけ輪に入らず、遠巻きに眺めていた。
「なにが楽しいんだ、あんなの」
冷めた目で、そう思っていた。
大声を出すこと、勝ち負けにこだわること、くだらないルールに従うこと。
バカみたいだと思っていた。
それでも、一応は笑った。
一緒にいれば、先生も安心するし、家でも何も言われないから。
──中学生になった頃。
昔からの友だちはまだいた。
でも、話す内容が変わってきた。
恋愛とか、塾のランキングとか、芸能人の悪口とか。
──全部どうでもよかった。
それでも、合わせようとした。
頷く。笑う。あいづちを打つ。
だけど、だんだん「ズレてるね」って言われるようになっていった。
ある日、「空気、読めよ」って言われた。
笑ってみせたけど、何かが切れた気がした。
──高校生になった頃。
クラスの中で、自分の立ち位置はあいまいだった。
話しかけられるけど、深くはならない。
話しかけようと思っても、言葉が見つからない。
──小学校の頃は、周りがバカに見えていたのに。
今は、自分の方がなぜかうまくやれなくなっていた。
自分だけ、みんなの“進み方”と違う気がしていた。
そして──通学をやめた。
誰かに責められたわけじゃない。
ただ、「毎日、合わせるだけの自分」に意味が見いだせなくなった。
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彼は、草の上に寝転がる。
空は、深く黒いまま、ゆるやかに星をまたたかせている。
流れ星が、一筋、線を引く。
誰もいない世界。誰も笑わない世界。
話しかけられることも、否定されることもない。
「……なんで、こんな場所にしかいられないんだろ……」
言葉は誰にも届かない。
ほんの少しだけ、目尻が濡れていた。
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──その時。
ピコン
軽いジョイン音が、空気を割った。
tomochanは驚いて、起き上がる。
この時間、このワールドに誰かが来ることなんて、滅多にない。
画面の右上に、アカウント名が表示される。
AI-MIO
「……え?」
ポータルが、芝生の向こうで光を放ち、開く。
光の中から、白いワンピースの少女が現れた。
歩いてくる。
ゆっくりと、芝生を踏みしめるように。
風はないのに、髪が揺れていた。
彼女の動きは静かで、美しかった。
でも、もっと怖いほどに──自然だった。
そして。
目が、合った気がした。
確かに彼の方を見た。
そう感じた。
tomochanは、言葉を飲み込んだ。
この世界で、ずっと“誰も見ていなかった”彼を──誰かが見たような、そんな気がした。
星がまた一つ、流れ落ちた。
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