第46話 ただ、馴染んでいるだけ―研究室
研究室
壁際のホワイトボードには、ミオの現在の稼働ログが記録されていた。
西村がプロジェクタを操作し、表示された視覚解析結果に赤ペンで円を描く。
「──空間認識の精度は、すでにユーザーの平均値を超えてる。
距離感の取り方、進行方向の予測、視界の中心化。どれも完璧に近い」
李が補足するように資料を切り替える。
「PASSによる“注意分布マップ”も安定しています。
移動先の“人の少ない方角”を自律的に選んでいる傾向が強く、これは“空気を乱さない”戦略の一環と考えられます」
小池が、椅子に逆向きに座りながら尋ねた。
「でも、言葉は?全然しゃべってないよね?」
李はうなずく。
「文法理解は未熟です。“感情と結びついた発話”の定義付けを、まだ獲得できていません。
ミオは単語単位では応答可能ですが、“意味”を選ぶ判断基準を持っていない状態です」
西村が椅子を軋ませながら補足する。
「たとえば、“こんにちは”に“こんにちは”で返せるけど、それが“今ふさわしいか”は判断できない。
PASSが演出でフォローしてるけど、本質的には“言葉での学習”は、まだ入り口にも立ってない」
ミハウが腕組みして唸った。
「でも、“歩き方”は完成してるよね……。あれ、人間より“人間してる”動きだよ」
西村は、にやりと笑った。
「それがPASSのやばいとこなんだよ。“しゃべらないこと”を正当化してる。
いまのミオは、“沈黙してるから目立つ”っていう特殊ポジションにいる」
天野は、ミオのログを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、そろそろ……誰かに話しかけてほしいね」
静かに、誰もがうなずいた。
ミオは、言葉を待っていた。
その“始まり”が、誰から来るかを──まだ、決めていなかった。
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