第43話 再構築されるべき倫理──ボストンキャンパス教授陣の午後
ディスカッションが終わり、学生たちが講義室を後にしたころ。
キャンパス中庭を見下ろすカフェテラスの隅。
グレーのジャケットを脱いで腕まくりしたブラッドリー教授は、紙コップのコーヒーを手にしていた。
向かいに座るのは、同じ倫理学部のバーンズ教授。
哲学史が専門の、温厚な白髪の男だ。
「どうだった?」
バーンズ教授が尋ねる。
「驚いたよ」ブラッドリー教授は少し笑って言った。
「いつもの討論より、ずっと熱があった。学生たちが、自分の言葉で語ろうとしてた。たとえ理屈が足りなくてもな」
「ミオってAIが原因か?」
「だろうな。まさか日本の学生プロジェクトが、ここまで火をつけるとは思わなかった。
誰かが『あれって“ふるまい”だけの存在だよね』って言い出した瞬間、全員が黙った。
誰も、じゃあ“自分の倫理”ってなんだ?って問いを避けられなくなった」
「面白いな。外から来た“異物”が、内部を見せてしまうのか」
「そう。だから、たぶん…」
ブラッドリー教授は少し言葉を選んでから、続けた。
「“倫理”って、ただAIに教え込むルールじゃない。
あれは、僕たち自身がまだ“ちゃんと定義できてない”ってことなんだ。
もしAIと共存する時代が本当に来るなら──僕たちの倫理そのものを、再構築しないといけないかもしれない」
バーンズ教授はしばらく何も言わず、蒸気の立つコーヒーを見つめた。
そしてぽつりと返した。
「再構築、か。言うのは簡単だが…“再構築された倫理”が、はたして“倫理”と呼べるのかどうか、だな」
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遠くでは、ディスカッションを終えた学生たちの姿が、中庭のベンチで談笑している。
その中には、ひときわ静かに座るアンバー・ラディッシュの姿もあった。
彼女は、まだ言語にならない何かを、胸の中で撫でているようだった。
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