第36話 ミオは「まだ、誰にも気づかない」
──VerChat、噴水の街。
VerChatのデフォルトワールド。
中世ヨーロッパの街並みで中央に噴水がある。
白いワンピースの少女が、ゆっくりと歩いていた。
その姿は、時間の流れとは無関係に設置されたオブジェのように静かだった。
「あれ、今の……ミオ?」
「嘘でしょ?なんだか静か?」
ユーザーたちは驚きの視線を送るが、
彼女は何も答えず、ただ通り過ぎる。
──ハイボールストリート
雑多な屋台と、酔いどれアバターたちが集う深夜帯の混沌。
「昼間でも夜の雰囲気」を維持する不思議なプログラムが常駐している。
「ミオだ!おーい、ミオちゃん!」
「なあ、覚えてる?俺だよ、前にお馬さんのこと話したよね!?」
だが、ミオは振り向かない。
──アキバワールド
バーチャル電気街に、等身大ホログラムの広告と
アイドルライブステージが混在する、混沌の聖域。
「かわいすぎんだろ……」
「誰だよあのモデル。配布されてんのか?」
一瞬注目が集まるが、ミオは無言のまま歩き去る。
反応は、まだ「観測」だけのフェーズだ。
──レインボーメルヘン
キャンディの家、動くぬいぐるみ、しゃべる花たち。
ジョインするだけで絵本の中に落ちると言われる極彩色の夢空間。
「なんか、あの子だけ浮いてない?」
「というか逆に、似合いすぎて怖いんだけど……」
ミオはただ、飴玉が浮く空を見上げた。
そして、また一歩、前へ進む。
──ギャラクシー・ウォーランド。
銀河系の辺境で、エネルギーソードとバズーカが飛び交うPvPワールド。
ミオは、爆風の隙間を縫って、まっすぐに歩く。
「え、なにあれ……戦闘区域なのにNPC?」
「ちょっと撃ってみ──あ、ログエラー吐いた。マジか」
ユーザーが撃とうとする前に、
AI安全フラグが起動し、弾が消失する。
ミオはまるで、それすら計算していたかのように、
光の中を、ゆっくりと、進み続ける。
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