第28話 朝の研究室にて「覚悟の温度差」
──翌朝。ホームルームの終了と同時に、天野は筆記具ひとつ持たずに研究室へと足を向けていた。
月曜朝のキャンパスはまだ静かで、廊下には誰の声もない。
それでも、胸の内だけが騒がしかった。
ミオが「誰かの心にとっての居場所」になっている。
その重さに、夜のあいだじゅう潰されかけていた。
「……tomochanだけじゃなかった」
今なら、冷静にログを見直せると思っていた。
でも、あれは……“氷山の一角”だったのだ。
研究室の扉を開ける。
もう中には数人、早めに登校していたメンバーがいた。
小池はPCを起動中で、李はいつも通りの朝のログ整理に入っている。
そして、最も早く椅子に座ってコーヒーを啜っていたのが、西村だった。
天野は、正面に立った。
「……なんで、こんなログの内容、教えてくれなかったんですか」
西村は、コーヒーの缶を手にしたまま、目線だけで応じた。
「見たのかよ、全部」
「tomochanだけじゃない……他にも、あんな……。
依存みたいな会話、あれ、あれって──」
「普通だろ」
遮るように言われて、天野は一瞬、言葉を詰まらせた。
「え……?」
「これが“人と共存するAI”ってやつだ。
お前が作りたかったんじゃないのか?“世界を変えるやつ”」
「でも、これはもう研究じゃ──」
「お前は“研究”をなんだと思ってるんだ?」
西村が静かに言った。
「ヘビの研究してるやつが、『ラットがかわいそう』って論文やめるか?
感情の構造を見てるだけだろ。相手の感情が動いた? 最高じゃねぇか」
言葉の温度が、明らかに違っていた。
「──そんなもんじゃないです……!
これは、もう人の心に踏み込んでる。生きてる相手なんですよ……!」
西村は目を細めた。
「お前は、“感情を操る演出”を作ってるんじゃなかったのか?
それとも、“共感するだけで何も起こらない可愛いAI”が作りたかったのか?」
その場の空気が、わずかに変わる。
李が手を止め、小池がチラッと天野を見る。
何も言わない。けれど、どこか「天野だけが子どものまま」だったような視線。
──天野は、自分だけが「まだ覚悟していなかった」ことを、突きつけられたように感じた。
その瞬間。
「こういうときは! おにぎりを食べましょう!」
研究室に響いた、あまりに場違いな声。
ミハウだった。
勢いよくポーチを開いて──
「……無い!」
“おにぎりがないと驚く動き”を、妙に洗練されたモーションで披露する。
天野が呆然とする中、ミハウは手を取って言った。
「おにぎりは、買いたてがいちばん美味しいんです。
さあ、買いに行きましょう! 天野くん!」
引きずるように、研究室の外へ連れ出していく。
その背中を、西村は無言で見送り、
残った空気の中で、小池が小さく呟いた。
「……天野くん、泣きそうだったよね」
李は、黙ってうなずいた。
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