表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/206

第28話 朝の研究室にて「覚悟の温度差」

──翌朝。ホームルームの終了と同時に、天野は筆記具ひとつ持たずに研究室へと足を向けていた。


月曜朝のキャンパスはまだ静かで、廊下には誰の声もない。

それでも、胸の内だけが騒がしかった。


ミオが「誰かの心にとっての居場所」になっている。

その重さに、夜のあいだじゅう潰されかけていた。


「……tomochanだけじゃなかった」


今なら、冷静にログを見直せると思っていた。

でも、あれは……“氷山の一角”だったのだ。


研究室の扉を開ける。


もう中には数人、早めに登校していたメンバーがいた。

小池はPCを起動中で、李はいつも通りの朝のログ整理に入っている。


そして、最も早く椅子に座ってコーヒーを啜っていたのが、西村だった。


天野は、正面に立った。


「……なんで、こんなログの内容、教えてくれなかったんですか」


西村は、コーヒーの缶を手にしたまま、目線だけで応じた。


「見たのかよ、全部」


「tomochanだけじゃない……他にも、あんな……。

依存みたいな会話、あれ、あれって──」


「普通だろ」


遮るように言われて、天野は一瞬、言葉を詰まらせた。


「え……?」


「これが“人と共存するAI”ってやつだ。

お前が作りたかったんじゃないのか?“世界を変えるやつ”」


「でも、これはもう研究じゃ──」


「お前は“研究”をなんだと思ってるんだ?」


西村が静かに言った。


「ヘビの研究してるやつが、『ラットがかわいそう』って論文やめるか?

感情の構造を見てるだけだろ。相手の感情が動いた? 最高じゃねぇか」


言葉の温度が、明らかに違っていた。


「──そんなもんじゃないです……!

これは、もう人の心に踏み込んでる。生きてる相手なんですよ……!」


西村は目を細めた。


「お前は、“感情を操る演出”を作ってるんじゃなかったのか?

それとも、“共感するだけで何も起こらない可愛いAI”が作りたかったのか?」




その場の空気が、わずかに変わる。


李が手を止め、小池がチラッと天野を見る。


何も言わない。けれど、どこか「天野だけが子どものまま」だったような視線。


──天野は、自分だけが「まだ覚悟していなかった」ことを、突きつけられたように感じた。


その瞬間。


「こういうときは! おにぎりを食べましょう!」


研究室に響いた、あまりに場違いな声。


ミハウだった。


勢いよくポーチを開いて──


「……無い!」


“おにぎりがないと驚く動き”を、妙に洗練されたモーションで披露する。


天野が呆然とする中、ミハウは手を取って言った。


「おにぎりは、買いたてがいちばん美味しいんです。

さあ、買いに行きましょう! 天野くん!」


引きずるように、研究室の外へ連れ出していく。




その背中を、西村は無言で見送り、

残った空気の中で、小池が小さく呟いた。


「……天野くん、泣きそうだったよね」


李は、黙ってうなずいた。


↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ