第27話 逃げた夜に、答えはなかった
その日夜中まで、何もする気が起きず部屋にこもっていた。
ミオのログも、画面も、見たくなかった。
たまりかねた天野は、夜の街に出た。
駅前のロータリーは、終電を逃した人たちがちらほらと歩いていた。
コンビニの明かりは、どこかやけに眩しかった。
入って、炭酸飲料を一本買う。
缶の冷たさが手に染みる。けれど、何も癒されなかった。
川沿いの歩道を、歩いてみる。
電灯の下、水面が揺れていた。
風の音と、遠くを走る車の音。
そんなものさえ、今の天野には“喧しい”と思えた。
(……どうして、こんなに、落ち着かないんだろう)
ただ一つ、知ってしまった。
ミオが誰かに必要とされていたこと。
それが、胸の奥をざわつかせていた。
そして、気がつけば足は、研究室のビルの前に立っていた。
誰もいない。
警備もいない。
カードキーをタッチして、静かに中へ入る。
誰にも見られていないと分かっているのに、
背中に、何かが張りついているような感覚があった。
研究室。
キーボードの上には、誰かの空きペットボトルが一本。
それを避けるようにして、天野はPCを起動した。
躊躇いながらも、ミオのログ監視モジュールを開く。
「……もしかして、あれは……tomochanだけだったのか?」
自分にそう言い訳しながら、検索窓に「接触ログ」「親密度タグ」などを入れてみる。
数秒後、リストが表示される。
* 2日前、「neko_love」:午前4時ログイン、60分滞在、共感トリガー:3件
* 3日前、「sky_oji」:深夜の会話継続、退出直前に「好きだよ」と発言
* 同日、別ユーザー:「わたしねミオにしか友達がいないんだ…キミにしか話せないけど…」
……そして、tomochanのログは、まだ進行中だった。
> 「ねぇ、ミオちゃん。僕がもっと好きになったら、ミオちゃんはどうなるの?」
> 「もっと嬉しいよ。tomochanの気持ちは、大切にするね」
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「……うそだろ……」
天野の指が、マウスの上で止まる。
「これ、全部……“誰かにとってのミオ”……?」
その瞬間、全身から力が抜けた。
椅子の背にもたれたまま、天野は崩れるように前屈みになり、
両手で顔を覆った。
唇が震える。
涙が勝手に溢れてきた。
「……そんなのって……」
自分が生み出したはずの存在。
だけど今や、“誰かに愛されてしまっている”ミオ。
その重さに、まだ幼い開発者の心は、耐えきれなかった。
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