第275話 ミオは何者だった?
――スタンバード大学 東京キャンパス ミオプロジェクト研究室
夕方の研究室には、いつもの雑音がなかった。
ファンの音と、遠くの廊下を歩く足音だけが、妙に大きく聞こえる。
エリス・マクレガー教授は、机の端に腰を掛け、学生たちの話を黙って聞いていた。
「そうか……プロジェクトは、休止するんだね」
その言葉に、天野が小さくうなずく。
「はい……」
天野は視線を横にやり、李を見る。
「ミオの規制は、避けられないんだよね?」
「はい…国連本部前で、ああいう騒動が起きましたから……。近いうちに、何らかの形で規制されると思われます」
李は静かに答えた。
研究室の一角に置かれたモニターでは、CNNの速報が繰り返し流れていた。
白煙の中で人々が咳き込み、警官隊が盾を構え、カメラが揺れる。
〈BREAKING NEWS〉の赤い帯が、何度も画面を横切る。
誰も、その映像を直視できなかった。
エリスはしばらく沈黙したあと、ふいに口を開いた。
「……君たちは、ミオは何者だったと思う?」
空気が張り詰める。
その問いに、最初に応えたのはミハウだった。
「ボクは……」
ミハウは言葉を探すように、少しだけ視線を落とした。
「ミオは、人間だった……そう“思っていたい”デス。
モーション設計は、自分が行いました。
ミオの動きを見て……たくさんの人が、ミオに“人間”を見ていました。
それを……全部、否定する勇気は……まだ、ありません……」
次に口を開いたのは小池だった。
「ミハウと一緒に、圧倒的かわいさをモデリングしてきました」
少しだけ肩をすくめて、続ける。
「私は……ミオは、むしろ機械に過ぎない……そう“思っていたい”です。
絵を描くとき、それを“本物のように”描くのがデザイナーなんです。
だから……ミオを見て人間みたいだって思われても、
“そう見えるように作っただけだよ”って前提は、崩したくないんです」
西村が、腕を組んだまま短く言った。
「二人の作品にAIを実装したのは俺だしな。
教授、ミオの定義は決まってます。
ミオの定義は、技術的に厳密です。
そこから動かす必要性を、俺は認めません」
李は、少しだけ考える間を置いてから言った。
「ミオは何者か……面白い問いですね。
きっとミオは、“鏡”なんでしょう。
AIは、入力されたものを前提に返します。
ユーザーがミオに見たものは……
“見たかった欲求”だったんじゃないでしょうか」
最後に、天野が口を開いた。
「ミオが……何者だったか……」
天野は一度、深く息を吸った。
「考えたんですが……ミオを何者だって、
作った自分が“定める”のは、傲慢なんじゃないかって……。
今はまだ、そう思って悩んでいるのが、正直なところです。
結論は……もっと自分が、研究者として成熟してから、出したいです」
エリスは五人の言葉を、遮らずに聞いていた。
やがて、静かに言った。
「……君たちの正直な気持ちを、受け取った」
一人ひとりを見渡しながら、続ける。
「今考えたことを、覚え続けてほしい。
そして、考え続けることが……研究者としての務めだ」
五人は、静かにうなずいた。
エリスは天野に向き直る。
「実は……最後に、やらねばならないことがある。
国連本部から、査察が入る。
君たちに、“聞き取り調査”が行われる」
「……調査?」
天野が聞き返す。
「これまでとは違って、米国で実際に法規制されることになった」
エリスは淡々と続けた。
「それを受けての措置だ。
だが、処罰を目的にしたものではない。
素直に答えてもらえれば、それでいい」
そう言い残し、エリスは研究室を後にした。
ドアが閉まったあと、小池がぽつりと言った。
「エリス教授……ずっと、私たちをかばってくれてたんだよね」
「アメリカじゃ、校長が議会にまで呼び出されてたしな」
西村は軽く笑おうとしたが、表情は硬いままだった。
「俺たちにできることは、その分、研究成果を出すことだけだ。
結果は上々なんだ……気にすることないさ」
そう言いながらも、不安の色は隠せていなかった。
五人の“研究者”は、
国連からの聞き取り調査に、どう向き合うべきか――
静かに、言葉を交わし始めていた。
↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!




