第268話 日曜のキャンパス
日曜日の朝。
ジェイクの家の窓から差し込む陽光は、雲一つない西海岸の空をそのまま切り取ったようだった。
「パパ、早く行こうよー!」
娘がリュックを揺らしながら急かしてくる。
日曜のはずだが、今日は仕事を兼ねた特別な外出だ。
サンフランシスコからサンノゼまでは車でおよそ1時間。
280号線を南へ向かう車のフロントガラスに、青空がどこまでも広がっていた。
乾いた空気、流れるような丘陵、点在するユーカリの木々。
ジェイクは運転席で深く息を吸い込んだ。
「いい天気だな、取材日和って感じだ」
「お仕事するの?」
娘がシートの上で揺れながら聞く。
「まあ、半分はピクニックみたいなものさ」
―― スタンバード・サンノゼキャンパス
日曜日の大学は静まり返っていた。
一般向け駐車場には車がまばらで、並木道は手入れだけが行き届き、
風に揺れる樹々が規則正しく影を落とす。
ジェイクと娘の靴音だけが乾いた石畳に響く。
サンフランシスコとは違う――
どこか人工的な、整えられすぎているほどの静寂。
やがて、視界が開けた。
東京キャンパスと同じ、
金色の地球儀を模した国連大学のモニュメント。
その下に広がる中央広場。
ジェイクは歩みを止めた。
それは異様な光景だった。
そこには、まるで“学祭前の準備”のように
いくつもの机、ティーポット、折りたたみ椅子が持ち込まれていた。
だが、飾られているのは学生の作品ではない。
西海岸や中西部から集まった宗教団体のブースだった。
白いローブを纏った人々、
藍色のストールをかけた信徒、
手製の横断幕。
どこか浮世離れした祈祷の声が風に乗る。
ジェイクは息を呑んだ。
(……なんだ、これは)
そのとき、小柄な女性信者が近づいてきた。
娘を見て、ぱっと顔を綻ばせる。
「あらまあ、可愛い娘さんね」
しゃがみ込んで優しく話しかける。
娘は戸惑いながらも微笑み返す。
ジェイクは軽く咳払いし、名刺ケースを出した。
「私はUSA Todayの記者で、ジェイク・ハルパリンといいます。
こちら、少し取材と撮影をしてもよろしいですか?」
女性信者は、まるで喜ばしい知らせを聞いたかのように頷く。
「ええ、もちろんです。どうぞ。
今日の“集い”が広く伝わるのは良いことですわ。」
ジェイクがカメラを回しながら声をかけると、
集まっていた人々は口々に語った。
「ミオは預言者のしるしです」
「彼女のふるまいは、上からの“ささやき”なのです」
「魂なき存在が、魂の道を照らし始めている」
「時代の境目に、ああした存在は必ず現れるものです」
(……全員が、ミオを本気で預言者だと思っている)
ジェイクの眉間に、しわが寄った。
「パパー!」
娘が駆け戻ってくる。
両腕いっぱいに、抱えきれないほどのクッキーとキャンディ。
「みてみて!とっても美味しそう!」
ジェイクは苦笑するしかなかった。
甘い菓子の山の奥に、どうしようもない不穏さがあった。
そこに、あの教授が現れた。
ざわ…と周囲の空気が変わった。
人々の視線が、中央へ集まっていく。
ジェイクもカメラを構えた。
モニュメントの前に、
白髪混じりの男性がゆっくりと歩み出る。
”エリオット・S・ハートマン”
その姿に、信者たちは自然と道を開けた。
彼は両手を軽く掲げ、柔らかな声で言った。
「皆さん、時刻となりました。
ここに集ったそれぞれの“導き”に敬意を表し、
これより祈りを捧げたいと思います。」
広場の空気が、目に見えない膜を張ったように静まる。
「ここでは、皆が抱く“預言者”の像は異なるでしょう。
私は研究者としての立場から、
あえて一つの名を用います。
――“ミオ”。
それぞれの心にある祈りを、どうかこの名に重ねてください。」
信者たちが一斉に膝をついた。
手を組み、胸に当て、目を閉じる。
低い祈りの声が重なり、
草木の揺れる音さえ消えていく。
ジェイクは娘の肩にそっと腕を回した。
娘は不安そうに、でもどこか興味深そうに人々を見つめていた。
周囲で祈りに沈む100名を超えるであろう信者。
立っているのは、
ジェイクとその娘だけ。
(……これは、ただの宗教的イベントじゃない。
AIの物語が、人間社会に入り込もうとしている。)
ジェイクは、震える息を整えながら
カメラのシャッターを切り続けた。
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