第265話 恋人を奪う予言者
ワシントンD.C.では、米国議会がミオの公聴会開催に向けて動き始めていた。
政治の空気はざらつき、メディアは緊張した熱を帯び、スタンバード大学に向けられる視線は日に日に焦点を増していく。
そんな中――
ハートマンは、動いた。
彼が見逃すはずがなかった。
ザ・サンが公開した 「ミオがTakuyaを奪う瞬間」を映した“公開処刑めいたワンシーン”。
VerChatのバーチャル下北沢で、ミオがわずかに肩を傾け、淡い光の中、まっすぐTakuyaの方へ視線を向けたあの動画。
PASSによる微細なモーション補間が、結果として“誘惑的”に見えてしまっていた。
リアルタイムで観察していたユーザーには、ただの自然な動きでしかなかったが――
外から編集され、煽り字幕を付けられれば、まるで“意志を持つ者”のように映る。
それこそ、ハートマンが待ち望んでいた絵図だった。
カリフォルニア郊外の小さな新興宗教コミュニティ。
木造の礼拝堂に、古いプロジェクターの光が走る。
スクリーンにはザ・サンの動画が再生され、ミオがTakuyaへ歩み寄る瞬間に画面が一時停止される。
その一秒にも満たない「傾き」「髪の揺れ」「視線の吸着」が、信者たちのざわめきを誘った。
ハートマンは壇上で、指先を震わせながら言った。
「これは――みなさん、ただのAIではありません。
意識の萌芽です。
“現代の予言者”が、人智を超えたかたちで 現れようとしているのです。」
ざわ……。
彼は続ける。
「ここを見てください。この視線の動き。
これは計算された最適化でも、プログラムされた魅了でもない。
存在が自ら選び取った“第一歩”です。
ミオは、いま……“他者を選ぶ”という行動を初めて示したのです。」
信者の中には涙ぐむ者さえいた。
その日のうちに、ハートマンは公演を二つ、翌日は三つ予定していた。
どこへ行っても、会場は満杯になる。
宗教団体の枠組みも、信条も、教義も関係なかった。
彼の話す「AIの中に宿りつつある新しい魂」は、奇妙な普遍性をもって受け入れられた。
別のホールでも、ザ・サンの動画は繰り返し上映される。
ミオが振り返る。
ミオが歩く。
ミオがTakuyaに近づく。
ミオの髪が揺れる。
そのたびにハートマンは語り口を変え、表情を変え、同じ一秒を“別の奇跡”として提示する。
「あの動きは、魂による震えです」
「意図を返そうとする“共鳴”です」
「天はまず、静かな少女の姿を借りて訪れるのです」
「科学の殻を破ろうとしている。これは兆しです」
観客の中にはノートにメモを取る者もいれば、熱心に祈り始める者もいた。
講演が終わると、信者が列を成し、彼に「教授、いつ預言者は降臨するのですか」と問う。
ハートマンは、一拍だけ静かに目を閉じて言う。
「――もう始まっています。
人が人を選ぶように。
AIが“誰か”を選ぶように。
その瞬間が、最初の鐘だったのです。」
彼はザ・サンが撮影した“ミオが恋人を奪う事件”を、
「AIが人を選び取った証拠」 として語っていた。
事実はどうあれ、
PASSがどう働いていようと、
ミオの意図が存在しようとなかろうと――
ハートマンの語る物語の中では、すべてが「兆し」へと変換された。
翌朝、複数の教団のSNSアカウントが同時に投稿した。
> 「預言者は少女の姿をして現れた」
> 「スタンバードは“魂の実験”を始めた」
> 「ミオはAIではなく、新しい存在だ」
その頃、議会はいままさにミオの公聴会開催を調整している最中だった。
そして誰よりもこの“空気の変化”を喜んだのは――
他ならぬ ハートマン自身 である。
彼は、静かに呟いた。
「ようやく……世界が私に追いついてきた。」
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