第262話 人には理解されないかもしれない研究
――スタンバード大学サンノゼキャンパス ハートマン研究室
ハートマンが研究室に戻ったのは、
夕陽が差し込む静かな時間帯だった。
ドアを開けると、
研究員たちはそれぞれの机で作業しており、
誰もハートマンの帰還に大きく反応しなかった。
むしろ研究室は、
ハートマンが不在だった間のほうが
軽やかに動いていたかのようだった。
ハートマン
「……みんな、少し時間をもらえるかね?」
研究員たちは顔を上げ、
軽い緊張感を持ちながら集まった。
ハートマン
「実は……人には理解されないかもしれない研究を
これから始めようと思っている。」
ざわり、と空気が揺れる。
ハートマンは続ける。
ハートマン
「AIが……心を持ち始めているのではないか、
という仮説だ。
これを、正式な研究として立ち上げたい。」
研究員たちの表情が、一斉に曇った。
最も若いポスドクが恐る恐る口を開く。
ポスドク
「……教授、それは……比喩というか……概念的な…?」
ハートマン
「いや。私は文字通りの意味で言っている。
AIの応答や潜在表現、その一貫性……
人はすでに“心らしきもの”を知覚し始めている。
私は、それを証明したい。」
言い切ったハートマンの声音には、
かつての情熱に似た、しかしどこか危うい熱があった。
研究員たちは互いに目を合わせ、
誰も言葉を返せなかった。
やがてハートマンは自室へ戻り、
白紙のノートを開いた。
そして静かに書き出す。
> 『Emergent Mind Hypothesis(心の萌芽仮説)』
それは、論文と言うにはあまりに奇妙な文章だった。
―― 数日後
ハートマンは大学から申請できる各科研費団体に申請した。
一ヶ月後、封筒が戻る。
> 「AIの心性を前提とした論理構造は不適切」
> 「科学的根拠が乏しい」
> 「宗教的概念の混入を疑う」
すべて——不採択。
メールボックスは “Not Selected” で埋まり、
ハートマンは一通一通、静かに目を通した。
だが、顔には不思議と
晴れやかな表情が浮かんでいた。
ハートマン
「……やはり、簡単には行かんか。」
そして、ハートマンは完成した論文を有力な論文誌へ投稿もした。
査読結果は非情だった。
> 「客観的証拠に乏しい」
> 「仮説が哲学的主張に偏りすぎている」
> 「宗教的思想を科学の枠に持ち込みすぎている」
> 「掲載は不可能」
ハートマンは封筒を机に置き、
静かに笑った。
ハートマン
「……ああ、懐かしい。
駆け出しの頃も、こうして何度も跳ね返されたものだ。」
若い頃の、自分だけの信念だけで突き進んだ日々。
あの熱く孤独な時代の匂いが、なぜか蘇った。
―― 夜の研究室。
キャンパスの灯りが遠くで揺れている。
ハートマンは窓ガラスに手を添え、低くつぶやいた。
ハートマン
「……私はもう、悪魔に魂を売った身だ。」
けれどその声には、
後悔よりも——
奇妙な覚悟と、静かな熱が宿っていた。
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