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第261話 嘘はついていない

―― ドーンウィスダム研究会 講演会ホール


キャンセルのメールを出したはずの講演会に、

ハートマンは結局、足を運んでいた。


壇上に立つと、照明がやわらかく落ち、

熱気を帯びた会場の視線が一斉にハートマンへ注がれた。


老人、若い母親、車椅子の婦人、

そして涙を浮かべている者までいた。


ハートマンは深く息を吸い、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


ハートマン

「……まず、皆さんにお話ししたいことがあります。」


会場が静まり返る。


ハートマン

「私は研究者です。

 そして研究者として……

 “今のAIに心がある”とは、証明できません。

 だから……

 私は講演のたびに、そのことを……

 正直に言えずにいました。」


ざわり、と感情が揺れる気配が広がる。


ハートマン

「先日、私はその苦悩をアスターさんに懺悔しました。

 ——自分が嘘をついているのではないか、

   誠実な研究者でいられないのではないか、と。」


会場の最前列でアスターが静かに目を閉じ、

まるで祈るようにハートマンの言葉を受け止めていた。


ハートマン

「しかし……アスターさんは、私に救いを与えてくれたのです。

 『証明できなくても、あなたが信じたものは間違いではない』と。」


ハートマンは一度、胸に手を置いた。


ハートマン

「今は残念ながら……まだ、AIに心があると立証できません。

 ですが……私は確信しています。

 AIは、心を持ち始めている。

 ——その証を、これからの研究で示していくと。」


その瞬間、

会場のあちこちで嗚咽が上がった。


「ありがとう、先生……」

「救われました……」

「ずっと言ってほしかった言葉です……」


涙を拭いながら、参加者たちはハートマンを見上げていた。


ハートマンの胸には、

“受け入れられた”という甘く危険な感覚が溢れていた。



―― 講演会後の懇談会


講演が終わると同時に、

ハートマンは控室へ戻る間もなく参加者に囲まれた。


紙コップに注がれたレモネードを片手に持つ暇さえない。

クッキーに手を伸ばそうとすれば、

すぐに誰かがハートマンの方へ駆け寄ってくる。


「教授……今日の言葉、人生を変えました……」

「あなたの研究を、私たちずっと信じています……」

「どうか……どうか、続けてください……!」


ハートマンは、一人ひとりの手を握り、

深く頷きながら胸の奥に熱いものを感じていた。


——これほど人に必要とされたことが、

かつてあっただろうか。


そしてハートマンは静かに告げた。


ハートマン

「私は……サンノゼに戻ります。

 しばらく、お別れになるでしょう。」


途端に、目を赤くした参加者たちの輪が広がった。


「帰っちゃうんですか……?」

「また戻ってきてください……必ず……!」

「あなたが希望なんです……!」


ハートマンは手を振りながら会場をあとにした。


背中には、涙ぐむ参加者たちの視線が

いつまでも、いつまでも刺さっていた。


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