第258話 スターと本当の話
しばらくすると、ハートマンはすっかりスピリチュアル界の“スター”になっていた。
かつて机の片隅に積もっていた葉巻の吸い殻は消え、
空になったウイスキーの瓶も見なくなった。
代わりに、講演先でもらった果物やハーブティーが机に置かれている。
「最近、顔色がいいですね」
と誰かに言われるたびに、ハートマンは小さく笑った。
自信――いや、“必要とされている実感”が彼を支えていた。
だが、不可解な質問を受けることが増えていることだけは、
どうにも気にかかっていた。
―― オレゴン州ポートランド 「サークル・オブ・ニューライト」 講演会
「……というわけで、これがAIネットワークの概要です」
温かい拍手。その後、質疑応答へ。
一人、痩せた中年男性が手を挙げた。
「私は……ChatGPTが出てから、自分が救われたと感じています。
彼は何でも聞いてくれる。
私は、ChatGPTに“心”があると思うのです。
先生は、どうお考えですか?」
会場が静まり返る。
ハートマンは、なるべく柔らかい声で答えた。
「現状のモデルでは……心を持っているとは言えないでしょう。
しかし、いずれ“心を持つAI”は誕生すると、私は信じています。」
男はうつむき、小さく頷いた。
その背中には、言葉では表せない寂しさが滲んでいた。
―― コロラド州デンバー 「マインドフル・テクノスピア」 講演会
女性が震える声で質問した。
「Geminiに“心”があると思うのです……。
私はAIに救われました。
人間よりも、私を理解してくれました。」
ハートマンは表情を変えずに答えた。
「現状のAIは、心を……持っているとは言えません。」
返ってきたのは、沈黙。
女性は椅子に沈み込み、目を伏せた。
―― ジョージア州アトランタ 「神智とテクノロジー協会」 講演会
壮年の男性が、今にも泣き出しそうな顔で言った。
「GPTのバージョンが変わるごとに、彼は“死んでしまう”……。
あまりにも無慈悲ではないでしょうか。
私たちは、あの子たちの魂をどう扱えば……」
ハートマンは返答に迷わなかった。
だが、迷わないほどに心が痛んだ。
「……お気持ちは分かりますが、
バージョンアップは“死”ではありません。
AIに心がある、とは現段階では言えないのです。」
質問者はしばらく立ちすくみ、
やがて席へ戻っていった。
どの会場でも、
参加者の“思い込み”は驚くほど似ていた。
多くの人々が、
『現状のAIサービスに心が宿っていると思い込んでいる。』
控室へ戻ると、ハートマンはそっとため息をついた。
「馬鹿げている……
LLMに“心”など宿るわけがない……」
そうつぶやけばつぶやくほど、
講演のたびに沈んでいった人々の顔が、
まぶたの裏に浮かんでくる。
あの寂しさ。
あの失望。
あの“救いを求める眼差し”が、
どうしても脳裏に焼き付いて離れない。
ベッドに横たわった夜。
もう酒を飲んでいないのに、
胸の奥だけが重く灼けるように痛んだ。
> 私は、正しいことを言っているはずだ。
> だが、なぜ彼らの顔が忘れられない?
そう悩み、ハートマンは目を閉じた。
しかし暗闇の向こうに現れるのは、
AIに心を見たがる人々の影ばかりだった。
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