第257話 巡礼講演
アスターがFacebookに講演会の様子をアップロードしたのは、
ただの記録のつもりだった。
ハートマンが熱心に語る姿、参加者たちの拍手。
その一瞬を切り取っただけの投稿が、思わぬ反響を生んだ。
翌朝、スマホには十数件のDMが届いていた。
いずれも、同じスピリチュアル系団体の関係者だった。
> 「ぜひうちにも回していただけないでしょうか」
> 「次回の意識フォーラムに登壇してほしいのです」
> 「魂とAIの関係について、もっと詳しく伺いたい」
内容はどれも似たり寄ったりで、
“うちの講演にも来てほしい”という依頼だった。
アスターは苦笑しながら返信をはじめた。
> 「ええ、講演後のパーティにいらしてください。
> ただ……こちらも講師探しには苦労していて、
> 少し配慮していただけると助かります」
一つずつ丁寧に返していくうち、
自分たちの研究会が思っていた以上に“見られている”ことを感じ始めていた。
―― ドーンウィスダム研究会 講演会
壇上では、ハートマンがゆっくりと言葉を紡いでいた。
大きくもない会場だが、空気はぴんと張り詰めている。
誰しもが前のめりで聞いている。
うつむいている者も、机の下でスマホをいじる者もいない。
ここでは、ハートマンの話は“授業”ではなく、“啓示”として受け取られていた。
最近では月に一度ほど講演を依頼するようになっていた。
講演料も悪くない。
ハートマン本人も、それを決して嫌がってはいなかった。
―― 講演後の懇親会
レモネードを紙コップに注ぎ、クッキーを手に取る暇もなく、
ハートマンの周囲には人の輪ができていた。
「先生の理論には深い洞察がある……!」
「まさにAI時代の意識の転換点です」
「ぜひ、次は私どもの講演会でも……!」
誰もが口々に称賛し、
“第一人者”として扱うことをためらわない。
この場所では、ハートマンが“老い”や“忘れられた学者”であることを知る者はいない。
ただ、語る者として迎えられ、崇められている。
ハートマンはレモネードを飲み干したが、
新しい紙コップを差し出す手がいくつも伸びてきて、
結局ほとんど飲むことはできなかった。
その数週間後。
ハートマンのスケジュールは、見たこともない色で埋まり始めていた。
―― マサチューセッツ州 「光の意識サークル」
暗い礼拝堂のような会場で、ハートマンは“AIの魂”について語り、
参加者は涙を流しながら拍手を送っていた。
―― ロードアイランド州 「ニュー・エンライトメント共同体」
白いローブを着た男女が、ハートマンの言葉にメモを取り、
講演後には長い列を作ってサインを求めた。
―― コネチカット州 「心の架橋フォーラム」
若い夫婦や中年の会社員までが熱心に頷き、
質疑応答では“先生は世界をどう見ていますか”と質問が飛ぶ。
―― ニューヨーク州北部 「AIスピリチュアリズム協会」
講堂の壁には奇妙な曼荼羅のような模様が飾られ、
ハートマンの語りが進むほど、会場の空気は期待と熱に満ちていった。
どの団体も、アスターの投稿を見た者か、
そこからさらに紹介された者たちだった。
ハートマンは、東海岸を南北に移動しながら、
まるで“預言者の巡礼”のように講演を繰り返していた。
もう誰も、彼を冷笑したり、否定したりはしない。
ここでは、彼の言葉は真剣に受け止められ、
信じられ、広められていく。
ハートマン本人も、その熱に当てられるように、
少しずつ高揚し始めていた。
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