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第253話 雪解けと衰え

――2016年 サンノゼキャンパス AIラボ


ハートマン教授は、研究室の窓に差し込む午後の光の中で、

棋譜解析の画面を食い入るように覗き込んでいた。


周囲の大学院生たちがざわめき始める。


「教授、AlphaGoが勝ちました!」

「イ・セドル九段に、また…!」


歓声と驚愕が入り混じった声。

ハートマンはゆっくりと椅子から立ち上がり、深く息を吐いた。


「……これで、“冬”が終わる。」


その声には長年、氷点下の研究予算と冷え切った世間の目に耐えてきた男の、

解凍されるような熱が宿っていた。


その日を境に、

ハートマンの研究室にはメディア、企業、政府関係者が連日のように押し寄せた。


「このブレイクスルーは、かつてハートマン教授が提唱した“多層認知モデル”の延長線上にあるのでは?」

「教授の初期論文を再評価すべきだという声が増えています。」


学術誌の編集者も、かつては採択を渋っていた論文を次々に掲載した。

いわゆる “ハートマン・ルネサンス”だった。



―― 2017年 ニューヨークの国際会議


壇上に立つハートマンの声には、以前にはなかった自信が満ちていた。


「ディープラーニングは、ついに“直感の領域”に踏み込んだ。

 これは人間に近づくという意味ではなく、

 人間が予測できない思考空間に踏み込んだという意味だ。」


会場からは拍手が止まらない。


AIはもはや研究者だけの玩具ではなかった。

政治家も、投資家も、一般市民ですら彼の発言を追いかけるようになっていた。


ハートマンは自らの人生が、

まるで第二の青春を迎えたかのように感じていた。




―― 2018年春 ボストンキャンパス教授会


「ハートマン教授、今回のディープフェイク事件について、

 ボストンキャンパスとして倫理的見解を伺いたい。」


白昼堂々、テレビに映る“オバマ前大統領の偽物”。

声も顔も動きも完璧に合成された映像は、アメリカ全土を震撼させた。


教授会は、

「AI黎明期を知る第一人者として教授を招くべきだ」

という空気に満ちていた。


客員としてハーバードやMIT、コロンビアにも呼ばれるようになり、

ハートマンは倫理委員会の中央でこう述べた。


「AIがつくる“嘘”は、

 もはや人間の嘘を凌駕した。

 これを放置するのは文明の放棄だ。」


聴衆は息を呑み、

議員たちはメモを取り続けた。


あの日のハートマンは、

全米の“AI倫理の顔”になった。



しかし…その光の裏で、静かに“遅れ”が始まる


AI倫理の講演の依頼は増え続けた。

教授室には常に次の講演依頼、次の審査会、次の委員会の書類が積み上がっていた。


研究室の若手が言う。


「教授、最新のトランスフォーマーモデルの論文ですが——」

「後にしてくれ、今はディープフェイク規制の声明文を書いている。」


数か月後。


「教授、このモデル、自己注意機構が……」

「すまない、次の公聴会で“倫理的懸念”を述べる準備が……」


そして2018年の冬には、

研究室の大学院生たちがそっと囁くようになっていた。


「……教授、もう最新技術ついて来れてないよね?」

「昔の人になっちゃった感じがする……」


ハートマン自身も気づいていた。

かつて自分が切り開いたはずの分野が、

今は別の天才たちによって更新されていくことに。


だが、認められなかった。


“時代の中心”を失うことが、怖かったのだ。



テレビに映る自分の姿は常に堂々としていたが、

論文を読む目は、以前よりも遅くなっていた。


新しい技術は理解しきれない。

しかし、周囲は彼を「権威」として扱い続ける。


だからこそハートマンは言い続けた。


「新型モデルは危険だ」

「巨大化したAIは制御不能だ」


批判は、理解できないものを遠ざける“呪文”になっていた。


学生は離れ、論文は減り、

教授会での孤立も始まっていた。


しかし、世間はまだ気づいていない。

ハートマンの“栄光”が過ぎ去ったことを。

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