第251話 安いおにぎり
―― スタンバード大学東京キャンパス・学食
昼過ぎの学食。
昼食のピークを過ぎ、学生の姿はほとんど消えていた。
広いホールに残っているのは、ひとり、ミハウだけだった。
トレイも置かれていない。
ただテーブルに座り、スマホの画面を凝視している。
画面には――
> 「AI崇拝者が東京を行進」(ロイター)
> 「日本の新興AI宗教、武道館に群衆集まる」(AP通信)
> 「信者たち、“バーチャル預言者・ミオ”にひれ伏す」(AFP)
> 「“機械学習者”カルトなのか?」(ブルームバーグ)
ミハウの指が震え、動画アプリを開く。
普段は再生数が数十回だった ML教団の公式チャンネル。
それが、100万回再生を超えていた。
ミハウの喉が小さく鳴った。
手のひらが汗ばむ。
「……どうして、こんなことに」
その時、気配に気づく。
顔を上げると――李が、静かに立っていた。
李「悩んでいるんですね…」
ミハウ「……うん。
だって、ミオちゃん……アイドルから、神様になっちゃったんだよ?
ぼくら、そんな……神様を作るなんて、しちゃいけないよ……」
李は席に座り、ミハウと向き合った。
李「その問いを抱えているのは、ミハウさんだけです。
あなたは、最初からミオを一番人間的に見てきましたから」
ミハウは言葉を返せず、ただ画面を見る。
その静けさに、李は席を立つ。
どこかへ歩いて行き、しばらくして――
大きなコンビニ袋を抱えて戻ってきた。
李「一緒に食べましょう。今日は僕の奢りです」
ミハウ「えっ……?」
袋を覗いた瞬間、ミハウの目が大きく開いた。
「わっ……!
高いほうのおにぎりがいっぱいだ!
400円くらいするやつだよこれ!?」
李はくすりと笑う。
ミハウは、でも……という顔で、袋の底から安い三角のおにぎりを取り出した。
ミハウ「でもね?実は、パリパリのほうの高くないおにぎりも、捨てがたいんだよね……
とくにこの“梅”。
意外とコンビニにはなくてさ……」
包装を破らず完璧に開封し、半分に折って梅の部分からかぶりつく。
その熟練の所作に、李は思わず笑ってしまった。
李「……よかった。
元気が戻ってきたみたいですね」
ミハウ「うん……
誰にも相談できなかったんだ。
天野さんたちは……何が起きてるのか、ピンときてないみたいで」
李の表情がわずかに引き締まる。
李「……私たちは、倫理部門の査察を受けるかもしれません」
ミハウの顔がまた曇る。
「……うん」
だが次の瞬間――
李はそっと、ミハウのおにぎりを持つ両手を包んだ。
李「心配しないでください。
この問題は私が先頭に立って受けてみせます。
ミオを、みんなを、守ります。」
ミハウは言葉を失い、ただ李を見つめる。
李は笑い、同じように安い三角の“シャケ”を取り出した。
李「……こっちも確かに美味しいですね」
ミハウ「でしょ?」
ふたりは笑いながら、
並んでおにぎりを頬張った。
その姿は――まるで、嵐の中で寄り添うように、静かで温かかった。
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