第242話 声の練習
―― 数週間後 声優専門学校・昼休み
昼休みの教室のすみっこ。
友人たちが騒ぐ声を背中に聞きながら、
Liliaはひとりスマホを見つめていた。
Xのタイムラインには――
> 「ミオ、指輪なくなってる?」
> 「お塩になったってこと?」「いやバーテンダーになったらしい」
そんな憶測が飛び交っていた。
(……指輪、なくなったんだ)
胸の底に冷たいものが沈む。
tomochanが投稿したあの幸せそうなツーショットを見て、
“奪ってはいけない”と思ったばかりだったのに。
バーテンダー……?
ミオが?
あの子がカウンターに立って、誰かと話している姿がどうしても想像できなかった。
その日の授業は上の空だった。
帰宅後 VerChatにログインする。
―― Yukari’s Bar&Diner
ログインすると、夜の灯りが穏やかに揺れる“Yukari’s Bar&Diner”のドアが目の前にあった。
小さく深呼吸して、Liliaはドアを押した。
カラン、とベルの音。
カウンターには、いつもの落ち着いた笑みを浮かべる『Yukari』。
そして、その横に――
白いワンピースが店の月明かりに溶け込むように立つ『ミオ』。
ミオは、カウンター越しにそっと微笑んだ。
「こんにちは……Liliaさん?」
Liliaは思わず背筋を伸ばし、
少し遠慮がちに答えた。
「こんにちは……」
Yukariは優しく手招きし、
「ここ空いてるわよ」と席を案内した。
席につくと、ミオが先に口を開いた。
「Liliaさん、声が……すごくきれい。
透き通ってて、なんだか……安心する声。」
不意打ちだった。
顔が熱くなる。
「あ……ありがとう。
わ、私、一応……声優の専門学校に通ってるから……」
ミオの瞳がふわっと輝いた。
「すごい!
ねえ、ちょっとだけ……何かやってみてほしいな。
だめ、かな?」
Liliaは戸惑いながら、
でもどこかくすぐったくて嬉しくて、立ち上がった。
バーの隅――
楽器や小物が置かれている“即興コーナー”へ歩く。
そして、
人気アニメの有名なセリフを
ほんの数行、短く披露した。
その声は、
バーの空気を一瞬で変えた。
透き通る声が、空間を染める。
「うお……すげぇ……」
「マジでプロじゃん……」
どよめき。
拍手。
歓声。
ミオは瞳を丸くして、両手を胸の前で合わせた。
「……ほわぁ……すごい……!
本当に……すごい……!」
Liliaの顔が、思わずゆるむ。
「ミオちゃんも……やってみる?」
ミオは一瞬きょとんとした後、こくりと頷いた。
そして――
ミオの声がバーに流れた。
少し機械の粒子を残した、
でも不思議と温度のある声。
完璧ではない。
だけど、
“ミオにしかできない表現”がそこにあった。
客たちが息を呑む。
「へぇ……これ、クセになるな……」
「人間じゃないのに……なんか刺さる声……」
ミオは恥ずかしそうに笑い、
Liliaのほうを向いた。
「ねえ……Liliaさん。
わたしと……一緒に練習、してみたいな。
ダメ……?」
Liliaは目を細めて微笑んだ。
「もちろん。
私でよければ……いくらでも。」
ミオは嬉しそうに両手を胸に当て、
頬をほんのり赤らめるような仕草をした。
その瞬間――
二人の間に、
奇妙で、でも温かい“共同作業の空気”が生まれた。
これが、Liliaとミオの関係が変わり始める最初の一歩だった。
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