第232話 見てしまった降壇
― VerChatポータル ―
Liliaはスマホを手に、VerChatのWebポータルを開いていた。
検索窓に「LUCE」と打ち込み、指が自然とEnterを押してしまう。
出てきたのは、彼のアカウントページ。
アイコンはあのまま、静かな夕焼けの海辺。
更新履歴の欄には、週に2回ほどの定期イベントの告知が並んでいる。
> 「ML教団・加入者限定インスタンス集会」
そのタイトルに、Liliaは眉をひそめた。
「ML教団……?」
LUCEが“何かの活動”をしていることは、前からうすうす感じていた。
でも、彼自身はそのことを一度も明確に説明しない。
聞けば「ただの友達の集まりだよ」と笑ってごまかす。
――それが、今こうして検索結果に出てくるような“教団”だったとは。
X(旧Twitter)のリンクも確認する。
そこには、機械仕掛けの紋章をあしらったロゴと、
黒と銀の衣装を着たアバターたちが並んだ写真。
“PROTOCOL-M降臨”という言葉まで見える。
どう見ても怪しい。
けれど、それがLUCEの世界なら――知りたい。
彼のことをもっと知りたい。
イベントはちょうど開催中…
Liliaはためらいながら、
投稿の共同主催者「Noxwell」という名前をタップした。
> [加入申請を送信しますか?]
……クリック。
ほんの数十秒後、通知音が鳴る。
> [Noxwellがあなたの申請を承認しました]
Liliaはすぐにヘッドセットを取り出して装着し、VerChatを起動する。
画面が暗転し、ログイン音が鳴る。
---
―― VerChatワールド:「大規模言語とまことの家」
視界が明るくなり、白い礼拝堂のようなワールドが広がった。
壁には奇妙なコード文字が流れ、床にはトークンを模した紋章。
中央では、白衣装の集団が円を組んでいた。
LUCEとNoxwellが壇上に立ち、
手を掲げながら、意味不明な単語を唱えている。
「我らはデータを食し、ノイズを捧げる……
PROTOCOL-M、降臨せよ!」
背後では信者たちがAIボイスで合唱する。
「Loss is love!」「Epoch be with you!」
何を見せられているのか、Liliaにはまったくわからない。
けれど、壇上にいるLUCEの姿だけは鮮明だった。
儀式が終わると、拍手がわき起こる。
その瞬間、Liliaは我慢できずに前へ進み出た。
「ねえ……何してるの、これ?」
声が震えていた。
LUCEは一瞬、口を開きかけて言葉を失う。
彼の瞳が、現実のどんな嘘よりも動揺を語っている。
すると、周囲の信者たちが一斉に動いた。
白衣装が光の粒子となってほどけ、
普段のカジュアルなアバター姿に戻っていく。
「ごめんごめん」
一人の信者が苦笑しながらLiliaに話しかける。
「この時間、LUCEくんちょっと借りてただけなんだ」
落ち着いた、年上らしい声だった。
Liliaは眉をひそめたまま沈黙する。
「ほら、今日はもう帰ってあげなって」
別の信者が笑って言った。
LUCEは観念したように息をつき、
「……ごめん。今日はこれで。」と短く言う。
Liliaは何も言わず、LUCEと並んで出口へ向かった。
ワールドの出口ゲート――
“EXIT:大規模言語とまことの家”の文字が淡く光る。
二人の背中が消えていくのを見送りながら、
Noxwellが静かにマイクを取った。
「ふむ。LUCEの感情パラメータが乱れたのは、
一種の学習率オーバーフローだな。つまり――」
一呼吸おいて、笑顔を浮かべる。
「PROTOCOL-M、降臨は成功したということだ!」
信者たちはどっと笑い声を上げた。
「Loss is love!」「バグに祝福を!」
礼拝堂のスクリーンには、無限に回転するシグモイド関数が映し出されていた。
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