第231話 小指の話題
午前の授業。
声優専門学校の教室に、緩い沈黙が漂っていた。
Liliaは窓の外を見つめながら、講師の声をただ聞き流していた。
最近、どうにも集中できない。
セリフを読む順番が回ってきても、言葉が頭に浮かばないことが増えていた。
この学校では、入学時は意識の高かった生徒たちも、
一年を過ぎるころには少しずつ脱落していく。
退学者も珍しくなく、講師も次第に淡々とした態度になっていた。
Liliaも、そんな“よくいる生徒”の一人になりつつあった。
昼休み。
いつもの友達グループでカフェテリアに集まる。
ハンバーグランチを前に、ひとりがフォークをくるくる回しながら切り出した。
「ねえ、Lilia。最近大丈夫?」
「えっ? なんで?」
「なんか、ぼーっとしてる。授業中とか、別の世界にいる感じ。」
Liliaが笑って誤魔化そうとしたそのとき――
向かいの友人が小指を立てて、からかうように言った。
「ひょっとして……これ?」
テーブルの上に笑いが弾ける。
けれど、Liliaの頬がわずかに赤くなったのを見て、
笑い声が一瞬止まった。
「えっ、まさか……?」
Liliaは箸を置き、少しだけ視線をそらした。
「うん……バイト先のコンビニに大学生が入ってきて。」
「ちょ、なにそれ! 写真あるでしょ! 見せて見せて!」
渋々スマホを取り出し、写真フォルダを開く。
そこには、バックヤードで撮った自撮り写真。
制服姿のLiliaと、黒髪の青年――LUCE。
二人とも笑顔ではないけれど、自然に寄り添う距離感があった。
「えっ、イケメンじゃん!」
「いやいや、これカワイイ系でしょ!」
「ていうか、雰囲気よくね!?」
キャーキャーと盛り上がる中、誰かが言った。
「で、大学どこ?」
「千葉大だって。三年生。」
「はぁ!? すごくない!? もう結婚しちゃえよ!」
Liliaはあたふたと両手を振った。
「ちょ、やめてってば……!」
耳まで真っ赤になっていた。
夜。
コンビニのバックヤードで制服を畳みながら、
Liliaは昼の会話を思い出していた。
LUCEと同じシフトの日は、やっぱり気分が違う。
レジの交代時間。
LUCEが外に出て、いつものようにタバコを吸う。
Liliaはその姿を見て、一本終わるころ、外に出る。
「寒くない?」
「うん、大丈夫。」
LUCEが灰皿に吸い殻を落とす。
煙のにおいと夜風。
ふと、LUCEが差し出した手に、
Liliaはそっと指を絡めた。
何も言葉は交わさない。
でも、手の温度がちゃんと伝わってくる。
その瞬間だけ、現実が少し柔らかくなった気がした。
帰宅後、制服のままベッドに腰を下ろす。
ヘッドセットをかぶり、VerChatにログイン。
Homeワールド。
ベッドに横たわるLUCEが手を振っている。
「おかえり。」
「うん……ただいま。」
Liliaは彼の隣に腰を下ろし、
そのまま寝転がった。
夜が更けていく。
どちらかが寝落ちするまで、他愛もない話を続ける。
バイトの話、友達の話、夢の話――そして、時々沈黙。
その静けさが、いちばん心地よかった。
Liliaの一日は、
いつの間にかLUCEで始まり、LUCEで終わるものになっていた。
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