第230話 眠りと依存と
それからというもの、V睡はLiliaの日課になっていた。
夜のバイトを終えると、部屋に戻り、制服のままベッドに腰を下ろす。
ヘッドセットをかぶり、ログイン音が鳴る。
その瞬間、現実が静かに遠のいていった。
最初は、たわいもない話ばかりだった。
「今日、変な客が来てさ」
「あの俳優さん熱愛してたなんて知ってた?」
LUCEはいつも落ち着いた声で聞いてくれた。
時々、静かに笑う。
それだけで、Liliaは安心した。
けれど、次第に話は深くなっていった。
Liliaは、声優の専門学校に通っていることを話した。
華やかさに憧れて入ったけど、現実は違った。
周りはどんどん進路を決めていくのに、自分だけが取り残されている。
何かを選ぶ勇気も、捨てる覚悟もない。
LUCEは、それでも一言も遮らずに聞いてくれた。
時折、「うん」とか「そうなんだね」とだけ答える。
それが、かえって彼の存在を大きく感じさせた。
Liliaは気づけば、
LUCEにだけは全てを話せるようになっていた。
ある夜、彼女は感情を抑えられなくなった。
「ねえ、LUCE…どうして私なんかを見てくれるの?
私、あなたと話してると苦しい。
自分よりずっと大人に見えるあなたと、
何も持ってない自分を比べちゃうの。」
LUCEはしばらく黙っていた。
いつもの冷静な声が少しだけ揺れる。
「ごめん、そんなつもりじゃなかった。」
その瞬間、涙が溢れた。
LUCEのせいでも、誰のせいでもない。
ただ、自分の中に溜め込んできたものが溢れ出した。
V睡をするたび、
Liliaは自分の中にある“泣く自分”と出会うようになった。
それが嫌で、でもやめられなかった。
涙を見せても、LUCEは決して引かない。
それが、余計に苦しかった。
数日後の夜。
LUCEからインバイトが届いた。
ワールド名は「シティダイナー・ナイトビュー」。
転送が完了すると、Liliaの前には夜景が広がっていた。
高層ビルの窓明かり、静かに流れるピアノのBGM。
テーブルの上にはグラスとキャンドル。
その向かいに、LUCEが座っていた。
「えっと…来てくれてありがとう。」
LUCEの声は、いつもより少し低かった。
彼はゆっくりと言葉を探すように話し出した。
「俺さ、Liliaに大人に見えてるかもしれないけど、
本当は全然自信なんてないんだ。
ダメなところばっかりで、
それでも君が話してくれるのが嬉しいんだ。」
Liliaは何も言えなかった。
ただ胸の奥が熱くなって、
ヘッドセットの下で息を詰める。
LUCEが立ち上がり、手を差し出す。
その手のひらには、小さな指輪。
中央には淡い青の宝石が光っていた。
「……受け取ってほしいな…」
Liliaは声が出なかった。
喉の奥が詰まり、息だけが震える。
「LUCE……」
名前を呼ぶのが精一杯だった。
代わりに、彼に駆け寄って抱きしめた。
LUCEのアバターの胸に顔を埋めると、
仮想空間の質量を越えて、確かに何かが伝わった気がした。
「ありがとう……LUCE。」
涙が頬を伝い、ヘッドセットのレンズを曇らせた。
現実でも、仮想でも、彼女は泣いていた。
その夜のV睡で、
Liliaは初めて――LUCEを夢に見た。
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