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第229話 眠りのはじまり

夜十一時すぎ。

コンビニの自動ドアが閉まる音を背に、Liliaは制服の胸ポケットからスマホを取り出した。

バイトの終わりはいつも同じ。

けれど、その夜だけは――違った。


部屋の前に置かれた小さな段ボール。

伝票には「配送完了」の赤い印。

手に取ると、思ったよりも軽い。


(やっと届いた……)


乱雑にテープを剥がし、梱包材を引き抜く。

中から現れたのは、白い光沢のあるヘッドセット。

新品特有の樹脂の匂いが、かすかに漂う。


Liliaは鏡も見ずに装着した。

少し大きくて、頭の動きに合わせてわずかにズレる。

それでも、息を整え、電源を入れた。




「Welcome to VerChat.」


音声ガイドの英語が響き、世界が一瞬で切り替わった。

視界が、現実の壁紙から夕焼け色の海へ。

波の音、空の光――全てが昨日よりも近い。

まるで海風が頬を撫でるようだった。


そこに、ひとりの影。

砂浜に腰を下ろし、こちらを振り返る。


「来たんだね。」


LUCEだった。

声が、昨日よりも温かい。

イヤホン越しではなく、すぐ隣から聞こえるような錯覚。


「……ほんとに、横にいるみたい。」


Liliaがつぶやくと、LUCEは少し照れたように肩をすくめた。


「そう言われると、こっちまで照れるな。」


ふたりの影が、夕日の中で並んで伸びた。

言葉は少なくても、間に流れる沈黙が優しかった。




「移動しよっか。」

LUCEの提案で、ふたりはHomeワールドへ転送された。


そこは木造の天井と白いベッドが並ぶ、穏やかな部屋。

窓の外には夜の海が見える。


LUCEはベッドに腰を下ろし、そのまま横になった。

「こうやって、話しながら眠るんだよ。リアルでも同じ姿勢で。」


「リアルでも?」

「うん。お互い、ベッドに寝転がってさ。話しながらそのまま寝落ちする。

 VR睡眠っていうんだ。」


Liliaは少し迷った。

でも、LUCEの声があまりに自然で、

拒む理由が見つからなかった。


ヘッドセットのバンドを少し緩め、枕に頭を乗せる。

「……ちょっと重いね。」

「慣れると気にならなくなるよ。」


天井の木目がゆっくりとぼやけていく。

LUCEの声が静かに続いた。


「ねえ、Lilia。

 この時間って、不思議だよね。

 現実でも、ここでも、君の声が同じに聞こえる。」


「うん……なんか、安心する。」


目を閉じた。

まぶたの裏には、まだ波の音が響いていた。


その夜、

Liliaは初めて現実と仮想の境目を失ったまま眠りについた。


ヘッドセットの内側で、彼女の呼吸がゆっくりと落ち着いていく。

LUCEはその隣で、静かに目を閉じた。


これが、LiliaがLUCEに依存し始める最初の夜だった。

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