第228話 初めての夕焼け
夜、自室。
カーテンの隙間から差す街灯の光が、机の上のスマホを淡く照らしていた。
Liliaはアプリストアを開き、検索欄に打ち込む。
「VerChat」
ほんの数秒でダウンロードが始まり、インストールが完了する。
起動音が鳴り、画面には煌びやかなロゴと共に“Welcome to VerChat”の文字。
Liliaは自分の名前を入力し、アバターを選んだ。
ピンクベージュの髪、少し大きめの目。
「なんか、自分っぽいかも」
そう呟きながら、検索欄に 「LUCE」 と打ち込む。
――すぐに見つかった。
アイコンの隣には「オンライン」。
恐る恐るフレンド申請を送ると、ものの数秒でインバイト通知が届いた。
最初に入ったのは、「バーチャル秋葉原」。
電光掲示板が瞬き、屋台の音が流れ、ネオンの通りには人の気配が絶えない。
まさにメタバースの“定番ワールド”だ。
「ようこそ、秋葉原ワールドへ」
声の主はLUCEだった。
彼はフルヘッドセットで参加していて、動きが驚くほど滑らか。
一方、Liliaはスマホ操作で、視点を変えるたびに動きがカクカクする。
「これ、むずかしいね……」
「スマホからだと操作が大変だよ。ほら、見てて。」
LUCEがクレーンゲームの前に立つ。
アームを操作し、するりと景品のぬいぐるみを掴む。
一発でキャッチしたアームが、ゆっくりと中央へ移動して――落とさない。
拍手のエモートが飛ぶ。
「やるじゃん……!」
Liliaは思わず笑ってしまう。
彼女が操作すると、景品は掴む前に滑り落ちてしまうのに。
「……スマホだと、反応が遅れるんだよね」
「うん、見てた。ほら、代わりに取っといた。」
LUCEのアバターが、ぬいぐるみを差し出す仕草をした。
それを受け取ると、Liliaのアバターが小さくぺこりと頭を下げた。
そのうち、通りがかりのユーザたちが二人の周りに集まりはじめた。
LUCEが言うより早く、誰かが言った。
「ねえ、その声、もしかして声優志望? アニメのセリフ言ってみてよ!」
「えっ、あ、うん……」
少し戸惑いながらも、Liliaはスマホ越しにマイクをオンにする。
少し照れくさそうに息を吸い、アニメの名台詞を口にした。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
その一言で、ワールドが一気に沸いた。
拍手のエモート、ライトの点滅、歓声。
LUCEは呆れたように笑いながら言う。
「まったく……デビューしたら俺、マネージャーやるから。」
「え、じゃあちゃんと給料出してね。」
Liliaの笑い声が響く。
スマホのマイク越しなのに、その声にはちゃんと温度があった。
その後、二人はいくつものワールドを渡り歩いた。
水族館、夜の遊園地、そして最後に辿り着いたのは――夕焼けの海辺。
空はオレンジに染まり、海面が金色に揺れていた。
波の音がBGMのように静かに流れている。
並んで座る二人のアバター。
「どうだった?」
LUCEの声が穏やかに響く。
「楽しかった。……思ってたより、ずっと。」
Liliaはスマホを握りしめたまま、少し笑った。
LUCEのアバターが頷く。
「ヘッドセットがあれば、もっと楽しいよ。
本当に“そこにいる”みたいに感じるからさ。」
その言葉を聞いて、Liliaは画面の中の海を見つめた。
波打ち際に座る自分のアバターが、光を反射してきらめいている。
気づいたら、
ブラウザを開いてネット通販サイトを検索していた。
手元のスマホを少し震わせながら、Liliaは“注文確定”をタップする。
金額を見て、小さく息を呑んだ。
――バイト代、ほとんど消えた。
けれど、後悔はなかった。
LUCEの世界に、もう少し近づけるなら。
画面の中では、
LUCEが立ち上がって手を振っている。
「また明日、入ろう。」
Liliaは頷きながら、
スマホ越しに微笑んだ。
夕焼けの光が、
現実の部屋の壁まで赤く染めていた。
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