第226話 声のない午後
千葉県の郊外にある声優専門学校。
スタジオ棟の中では、アニメ映像に合わせてマイクの前に立つ学生たちの声が響いていた。
アニメのキャラクターが口を開くたび、教室の空気が一瞬張り詰める。
「――はい、ストップ!」
講師の低い声が響く。
「感情が置き去りになってる。
セリフの“間”を自分で埋めて。声を当てるんじゃなくて、生かして。」
モニター前で立ち尽くす一年生の女子、Liliaは軽く息を飲んだ。
うまく出せなかった。
頭では分かっているのに、喉の奥が固まる。
もう一度、と言われても、出てくるのは練習した“正解の声”ばかりだ。
彼女の声はクリアで柔らかい。
それでも講師の表情は動かない。
スタジオの外で、拍手もため息も混ざった音がした。
昼休み。
食堂の窓際で、三人の女子がランチを広げている。
Liliaはそのうちのひとり。
「ねえ、うちの担任が言ってたんだけど、私、今度のプロダクションのスカウト候補に入ってるかも!」
弁当の蓋を開けながら、クラスメイトのひとりが弾む声で言う。
「すごい! ほんとに頑張ってたもんね!」
Liliaは笑顔で応えた。
心からおめでとうと思っている。……はずだった。
もうひとりの子がストローをくわえながら言う。
「私、やっぱり声優向いてない気がして。
親がうるさいから、卒業したら女子大の3年に編入するつもり。
“資格が取れない学校なんて”とか、まだ言ってるし。」
「そっか……」
Liliaはそれだけを返した。
箸でつまんだ卵焼きの味が、何も感じなかった。
午後は座学。
教室の照明がゆっくりと白熱していく中、
講師の声だけが淡々と流れていく。
「感情表現の原則とは――」
ノートを取るペンが止まる。
文字が、言葉として入ってこない。
Liliaは窓の外を見た。
陽が傾き始め、校舎のガラス窓に他のクラスの練習風景が反射している。
みんな、ちゃんと声を出している。
笑っている。泣いている。
そこに自分の声だけが混ざれない気がした。
この学校に入ったのは、ただ華やかだから。
声優になれたらかっこいいかも。
そんな曖昧なきっかけだった。
けれど、
「本気でやる気がある?」と聞かれたら、
きっと何も言えない。
声を出しても、
それが誰のための声なのか、もう分からなかった。
Liliaは目を閉じ、講師の声をBGMのように聞き流した。
昼下がりの光が机の上を斜めに照らしていた。
教室は、だんだんと温度を失っていく。
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