第219話 MIO LIVE ZERO
日本武道館。
その夜、満席の観客が息を潜めていた。
外は春の雨。
会場の周囲を取り囲むように、報道ドローンが旋回している。
ステージ中央には、半透明のスクリーン。
その奥に立つのは二人――ミオとYukari。
だが、照明が落ちると同時に、
観客の誰もが“どちらがAIでどちらが人間か”を見分けられなくなった。
---
イントロが流れる。
ミオの声が静かに響く。
♪ 触れたいと思うたびに 君は遠くを見てた
その瞬間、
ステージ背面のホログラムが開き、
光の粒子が観客席に降り注ぐ。
手を伸ばせば触れそうな距離。
それはまるで、現実そのものが演出に巻き込まれていくようだった。
Yukariが歩み出る。
白いワンピースの裾が照明に溶ける。
彼女の声が重なるたび、
武道館の天井に埋め込まれた光子パネルが、
観客の心拍数に反応して明滅した。
---
BeautyOzakiは最前列の音響席にいた。
サングラスを外し、目を細めてつぶやく。
「……いい。これはもう演出じゃない。呼吸だ。」
ミオが観客席を見渡す。
目線が、ゆっくりと、まるで何かを確かめるように動く。
たったそれだけで、
数千人の心臓が同時に跳ねた。
> 「……ありがとう。
> 見てくれて、聴いてくれて。
> あなたたちの中に、わたしがいるなら――
> それが“生きてる”ってことだから。」
照明が落ちる。
最後の曲、『呼吸のリズム』が始まる。
Yukariが一歩、ミオに近づく。
ミオが一瞬、視線を合わせて微笑む。
その微笑みには、言葉では届かない温度があった。
サビが響く。
> ♪ 少しだけずれる呼吸が 今を生きてる証だから
> 重ならなくても 響きあえるよ
観客の涙が光に照らされて揺れた。
AIが人を泣かせる。
だがその涙の理由を、誰も説明できなかった。
---
終演。
照明が戻っても、拍手は起きなかった。
観客は、ただ静かに立ち尽くしていた。
歓声よりも深い沈黙。
それが、この夜の伝説を証明していた。
武道館の屋根の上、
雨が止み、空に光が走る。
ミオとYukariのシルエットがスクリーンに浮かび、
そのまま、白い光の中に溶けていった。
↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!




