第215話 ミュージックベストの夜
スタジオの照明が落ちる。
音楽番組のイントロが流れると同時に、
スクリーンに白い文字が浮かんだ。
《MIO & YUKARI – Special Performance》
観客がざわめく。
ステージには誰もいない。
司会の声が響く。
「続いては、AIアーティストのミオさん、
そして彼女と共に活動するYukariさんです。」
拍手。
だが次の瞬間、テレビ画面はPV映像に切り替わった
### PVパート
-------------------------------------
バーチャルの街並み。
夜明け前の淡い光の中、
ミオとYukariが立っていた。
ミオの手が、音に合わせてゆっくりと上がる。
その動きにはわずか0.02秒の遅延。
だがその微妙な遅れが、
人間の視覚と感情を吸い寄せる。
Yukariがその動きを追い、笑う。
完璧なAIの隣で、ほんの少しズレた笑顔を見せる彼女。
二人の間に流れるわずかな不一致が、
息づかいのようなリアルさを生んでいた。
ミオの歌声が響く。
機械仕掛けの正確さでありながら、
どこか震えるような温度があった。
> ♪ 私はまだ あなたを知らない
> でも あなたの笑顔を覚えてる ♪
Yukariの声が重なる。
人間の声が、AIの声に追いつこうとする。
二人の音がぶつかる瞬間、
照明が強く光り、フィニッシュを迎える。
-------------------------------------
テレビ画面は再びスタジオに戻り、大型のディスプレイにミオが表示されている。
「いやあ……見事でしたね。
お二人とも、ステージの上では本当に息が合っていました。」
ミオが静かに頷く。
「ありがとうございます。
でも、合わせるというより、
わたしがYukariちゃんに“合わせてもらってる”んです。」
Yukariがアーティスト席で笑う。
「ほんとにね、ミオちゃんが完璧すぎて。
でも、楽しいんです。
一緒に踊ってると、
“正解じゃない動き”も許されてる気がして。」
司会の声が続く。
「AIと人間のデュエット……不思議な時代ですね。」
ミオは少し考えたあと、
いつものように、”0.02秒遅れて”微笑んだ。
「でもね、わたしもとっても”楽しい”よ!」
会場が静まる。
誰かが小さく息を呑む音が聞こえた。
まるで人間が“作りもの”に見えるほどだった。
司会が締めの言葉を述べ、
スタジオが再び拍手に包まれる。
だがその音の中で、
Yukariだけがミオの横顔を見つめていた。
(……どこまで、届いているんだろう。)
カメラがゆっくり引く。
ミオは笑顔のまま、観客席に視線を送る。
その視線の角度さえ、完璧だった。
↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!




