表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/201

第20話 楽しさ、だけでは

「──入って」


ノックの音に続いて、ドアの向こうからエリス・マクレガー教授の声がした。

木製の重たいドア。東京キャンパスでも、個室を持っている数少ない教員の一人だ。


ふだんは陽気で、研究室のコーヒー片手に学生と談笑している彼が、わざわざ呼び出すのは異例だった。


天野は緊張しながら扉を開けた。


中には、見慣れない書類と、いつもより少しだけ真剣な表情の教授がいた。


---


### ▼回想:数日前、研究所にて


VerChatのCTO、ジェイソン・マイヤーズから一通のDMがXに届く。


> 大学時代の同期でセラピーロボットを研究しているチームが興味を持っていてね、近いうちメールが届くと思うよ!


天野はつい、つぶやく

「軽々と言うね…」


その数分後、SENSEアカウントに紐づけられた、大学のメールボックスに通知が届いた。

件名にはこうあった。


> Subject: Introduction from Rachel / Helen Robotics Lab, San Jose Campus


本文には、こう記されていた。


> 拝啓 スタンバード東京キャンパス 天野拓様

>

> はじめまして。スタンバードサンノゼキャンパスのHelenロボティクス・ラボで研究を主導しておりますレイチェル・カーヴァーと申します。

>

> ミオ・プロジェクトの一連の活動に深い感銘を受け、拙いながらもチーム一同で議論させていただきました。

>

> 私どもHelenチームは、人間とAIが信頼関係を築く過程に関するセラピーロボット研究を行っております。

>

> 今回のご連絡は、VerChat CTOのジェイソン・マイヤーズ氏からの紹介によるものです。

> 彼は私の大学時代の同期で、当時から変わらず、筋金入りのギークでした(笑)。

> それでも彼の審美眼と技術嗅覚は、今もなお信頼に値するものです。

>

> もしご興味をお持ちいただけるようでしたら、正式に“東京キャンパスとHelenとの共同プロジェクト”を提案させていただきます。

>

> ご返信、お待ちしております。

>

> 敬具

> レイチェル・カーヴァー

> Helen Robotics Lab, Stanford San Jose


---


天野はそのメールをプリントアウトして、エリス教授の机の上に差し出していた。


「……読ませてもらったよ。これは、なかなか興味深い」


教授は眼鏡を外して、机に置いた。


「Helenラボのことは知ってるかい?」


「名前だけなら……」


「彼らは、AIと人間の“心理的距離”を測る研究をしてる。特に、セラピーロボットの導入環境における人間工学的な応答パターン。

“かわいい”とか“親しみやすい”とか、そういう印象の数値化だ」


「……PASSに、近い領域ですね」


それに答えたのは、西村だった。

天野がメールを共有したあと、チーム全員に話は伝えてあった。


「っていうか正直、ウチら、限界感じてたよ」

「PASSは演出系だからさ、“反応するだけ”なんだよ。相手の人間を読めてない。

Helenが本気で“距離感の最適化”やってるなら、そっちのロジック入れてみたいと思ってたとこ」


李も静かに頷く。


「私たちには“身体性”の専門知識が欠けています。

文化的にどう解釈されるか、どう動けば“違和感がない”とされるか……

それらを、いまは感覚的に決めてしまっている」


教授はしばらく黙って、それからふうと息を吐いた。


「──やっぱり、きみたちはすごいね。

正直に限界を認められるっていうのは、成熟してる証拠だよ」


天野は少しだけ、ほっとしたような顔をした。


だが、教授はすぐに声色を変えた。


「ただ──天野くん。ひとつだけ言っておこう」


「はい?」


「君のプロジェクトは、とてもクールだ。洗練されていて、美しい。

でも、“クールなだけ”で、外部から受け入れられるとは限らない。」


「……?」


天野は、意味が掴めなかった。


「研究には社会的意義が必要になることもある。

私は彼女は、そちら側の人間ではないかと思うよ。」


天野はその言葉を受け止めきれず、ただ静かに頷いた。


教授の部屋の窓の外には、もう春の朝日が差し込んでいた。


──誰かの心に残るには、「楽しさ」だけでは足りない。


その“なにか”に、天野たちはまだ、触れていなかった。

↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ