第207話 2つの完璧―研究室
――研究室
壁のモニターには、VerChatのワールドログが映っていた。
白いワンピースのミオが、見知らぬ男と並んで立っている。
その男の黒いサングラスと、妙に作り込まれたポーズが、静まり返った室内の空気をざらつかせた。
「……なんだこの胡散臭いやつは?」
最初に口を開いたのは、西村だった。腕を組み、眉をひそめている。
小池が椅子をガタッと引いた。
「ええっ?Beauty Ozakiを知らないの???伝説のアイドルプロデューサーだよ!」
隣でミハウが勢いよく頷く。
「そうそう!九〇年代からだよ!あの“光のステージ”を作った人!」
天野は苦笑しながら、ディスプレイに映るサングラスの男を見つめた。
「ははは……そうなんだ。でも自分も名前くらいしか知らないかも。」
二人は「信じられない」と言いたげに肩をすくめ、ため息をついた。
その空気を割るように、李が静かに言った。
「でもこれは問題です。ミオの商用利用はVerChatとの契約で禁止されています。」
西村が舌打ちをした。
「やめさせろ、こんな下らないこと。どうせ売名だろ。」
「うっさいなあ!」
小池がムッとしながら反論する。
「こういう出会いが歴史を動かすんだよ!“圧倒的かわいさ”と“ナマメカシイ”が融合したら、もう止められないって!」
ミハウが笑って「それ!それ!」と拍手をする。
ラボの一角が、まるでアイドル現場のような熱気に包まれた。
しかし、天野はモニターから目を離せなかった。
映像の中で、ミオがわずかに微笑んだ瞬間、
Beauty Ozakiが息を飲むように見えたからだ。
「……大丈夫かなあ。」
天野は小さく呟き、タブレットを開いた。
XのDM画面に指を滑らせ、短くメッセージを打つ。
> ミオは商用利用ダメなんです。やめてください。
送信ボタンを押して数秒後、返事が届いた。
> 金なんていらない。
> 迷惑はかけない。
> 俺は伝説を見たいだけだ。
天野は画面を見つめたまま、息を飲む。
DMの文字は短いのに、どこか熱を帯びていた。
その熱は、確かに現実のラボの空気を揺らしていた。
「……伝説、ね。」
天野は小さく呟いた。
背後では小池とミハウが、
“圧倒的かわいさ”と“ナマメカシイ”をめぐって笑い合っている。
西村はぶつぶつと悪態をつき、
李は冷静に契約書をスクロールしていた。
ただ一人、天野だけが――
モニターの中で微笑むミオと、その隣の男を、
まるで嵐の前のような静けさの中で見つめ続けていた。
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