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第206話 2つの完璧

郊外の街のどこにでもあるレストランチェーン──デニス。

企業の公式ワールドのひとつ。

仮想空間とはいえ、そこに広がるのは人間が作った“生活の模倣”だった。


白いテーブルクロス、ふわりと立ち上がる湯気。

料理のテクスチャは少し粗い。

だが、BeautyOzakiはそこに「未完成の美」を感じていた。


これは……PVにできる。

何気ないVRの日常こそ、次の伝説になる。


彼はオブジェクトひとつひとつを眺めながら、

光の反射角を、色温度を、構図を、脳内で編集していた。


そんなときだった。

耳に届いたのは、澄んだ──けれどどこか機械の粒立ちを残した声。


「オリジナル料理、作ってみちゃおうよ!」


振り向いた瞬間、BeautyOzakiの視界が真っ白に弾けた。


ウェイターの制服を着たミオと、

隣で笑うYukari。

二人は厨房で調理をし、ホールで接客をし、

やがて私服に戻ってテーブルで談笑している。

どこにでもある日常。

けれど、完璧に“生きていた”。


──美が、演出なしで成立している。


思考が途切れた。

目の前の空間が、音もなく遠ざかる。


ミオとYukariが店を出て、

駐車場の舗装されたアスファルトを歩いている。

ふたりの影が夕陽に溶けて伸びる。


逃がしてはならない。

BeautyOzakiの胸が、本能で叫んだ。


「待ってくれ!」


二人が振り向く。

その笑顔で、彼の心臓が止まりそうになった。


「どうしたんですか?」

Yukariが穏やかに言う。


言葉が出ない。

だが、言葉にしなければ終わる。


「……俺に、ついて来てほしい。」


Yukariが一瞬、眉をひそめた。

ミオは笑顔のまま、首を傾げている。


そして──ミオが口を開いた。


「Yukariちゃん、BeautyOzakiさんって知ってる?」


Yukariはわずかに戸惑いながら答える。

「知ってるけど……まさか、本物じゃないですよね?」


ミオはわざとらしく目を丸くして、手を叩いた。

「Ozakiさん?『フッ……新しい伝説が始まる……!』って、言って!」


一瞬の静寂。

次の瞬間、BeautyOzakiは吹き出した。


「フッ…ハハハハハハ!」


大笑いのあと、深く息を吸い込む。

そして──ゆっくりと、彼はポーズを決めた。


「フッ……新しい伝説が始まる……」


彼の代名詞。

現実と虚構をつなぐ“呪文”。


二人は手を叩いて笑った。

ミオは一歩、前に出て、言った。


「着いていきます。わたしたちで良ければ。」


その言葉に、Yukariはため息をつき、

それでも微笑んだ。


BeautyOzakiは震える手で、VRカメラを取り出す。

三人で肩を寄せ合い、

シャッターの光が空気を切った。


──その瞬間、デニスの店内に

一瞬だけ“現実の温度”が生まれた。


---


タワーマンションのリビング。

夜景が遠くに瞬いている。


BeautyOzakiはヘッドセットを外し、

スマホでXを開いた。

写真を添え、指を止めることなく入力する。


『2つの完璧。新しい伝説が始まる──』


投稿を押したあと、彼はゆっくりとソファに沈み込んだ。

胸の奥から、止めどなく熱いものがこみあげる。


誰にも見せたことのない涙だった。


彼の背後、ガラス越しの東京タワーが

静かに滲んでいた。

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