第205話 完璧な不完全
白いミニバンが静かに首都高を滑っていた。
後部座席に座るBeautyOzakiは、窓の外をぼんやりと眺めていた。
ライトアップされた東京タワーが、夜空の中に突き刺さるように立っている。
あまりに整いすぎた光の構図。
それを見ても、彼の胸は少しも動かなかった。
「……完璧すぎる。」
誰にも聞こえない声で、彼は呟いた。
いつからだろう。
かつてはこの街の灯りすべてが、自分の舞台の照明に見えていたのに。
今は、光さえも演出済みの人工物にしか感じられない。
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その時だった。
車が信号待ちで止まった瞬間、
雑居ビルの屋上に掲げられた一枚の広告が目に入った。
「METAVERSE — YOUR WORLD AWAITS」
白人男性が笑顔でVRヘッドセットを装着している。
手にはコントローラー。
どこか不格好な姿勢。
演出も、洗練も、何もない。
ただ、“人が笑っている”だけ。
けれど、そのぎこちなさが逆に美しかった。
BeautyOzakiは、思わず息を呑んだ。
そして小さく、唇の端を上げる。
「……完璧な、不完全だ。」
胸の奥で、何かがわずかに軋んだ。
それは焦燥でも、好奇心でもない。
“次のステージの予感”──彼の言葉で言えば、伝説の前兆だった。
彼は運転手に深夜まで営業している家電量販店は無いか聞き、秋葉原に向かうよう指示を出していた…
ミニバンはそのまま首都高のルートを変えた。
闇の中、東京タワーの光がゆっくりと後ろに流れていく。
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数時間後。
BeautyOzakiは、自宅のタワーマンションに戻っていた。
床から天井までのガラス窓。
見下ろせば、都心の夜景がまるで基板のように輝いている。
それは彼が作り上げてきた「光の世界」と同じ構図だった。
「……やっぱり、眩しすぎるな。」
スーツのジャケットを脱ぎ、ソファに腰を下ろす。
リトルシガーに火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。
煙の向こうで、街の光が揺れている。
テーブルの上には、白い箱。
先ほど秋葉原で買ったばかりの最新型VRヘッドセット。
新品特有のプラスチックの匂いが残っている。
BeautyOzakiはそれを手に取り、眺めた。
金でも銀でもない、ただの白い樹脂。
けれどその中には、“まだ演出されていない世界”がある気がした。
「……フッ。新しい伝説が始まるかもしれんな。」
彼は微笑み、ヘッドセットを装着した。
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視界が一瞬、真っ白に弾けた。
次の瞬間、無数の光が形を持ち、音が空間をつくり出す。
「……ここが、VerChatか。」
声が反響する。
地面は柔らかく、遠くで誰かが笑っている。
空には見たことのない色の星。
彼は表示された「おすすめワールド」を次々に巡回した。
ビーチ、夜の都市、アートギャラリー、空飛ぶ庭園──
どこも現実には存在しないのに、どこよりも“生きている”。
BeautyOzakiの唇から、自然に言葉が漏れた。
「……美しい。
いや──生きている、か。」
そのまま光の渦に身を委ね、
彼はバーチャルの深淵へと足を踏み入れた。
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