第204話 BeautyOzaki
白いミニバンが、夜の首都高を滑るように走っていた。
その後部座席に、ひとりの男が座っている。
BeautyOzaki
白のスーツに、深紅のシャツ。
胸元には金のチェーンが揺れ、指にはホログラムリングが淡く光を返していた。
髪は金と紫のグラデーションで、整いすぎた顔立ちはまるで“常にカメラを意識している人間”そのもの。
サングラスの奥の瞳は眠らず、夜の光をそのまま取り込んでいた。
彼はタブレットに指で文字を描き、そしてため息をつく。
「……違う。これは本物じゃない」
指先で書かれた詩を消し、また描く。
“光と影の狭間で踊る愛──”
「違う……伝わらない。これじゃまだ伝説にならない」
破り捨てるように、また書いては消す。
窓の外には首都高の夜景。
遠ざかるテールランプが、彼の瞳に赤い残光を落とした。
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ミニバンは静かにカーブを曲がり、テレビ局の裏口へと入っていく。
警備員が一瞥しただけで、何も言わずにゲートを開けた。
ナンバープレートを見るまでもなく、その男を知っていた。
『BeautyOzaki』
90年代、視聴率40%超えの番組を連発し、
“夢を演出する男”として芸能界に名を刻んだ人物。
その名が業界の空気を変える。
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通用口を抜けると、廊下の奥からADたちが駆け寄ってくる。
「Ozakiさん! 今日のステージ構成ですが──」
「ダンス位置はセンターで統一、照明は紅一点寄せです!」
「スポンサーのロゴ、テロップに出すタイミングが……」
BeautyOzakiは無言で歩きながら、手をひらりと振った。
「いいよ。俺に任せろ。」
歩くたびに、彼の靴底が廊下に高い音を響かせた。
周囲のスタッフが自然と道を開ける。
その背中には、まだ“伝説”という言葉の重みが残っていた。
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やがて辿り着いたのは、豪華に飾られたスタジオだった。
ステージライトが並び、センターには巨大なLEDビジョン。
花のアーチ、金色の幕、そして“生放送”の赤いランプ。
だが、BeautyOzakiは立ち止まり、サングラスの奥で眉をひそめた。
「……違う」
低く、静かに。
「これじゃ、伝説にならない。」
周囲が一瞬静まり返る。
次の瞬間、Ozakiはステージに上がり、指を突き出した。
「照明、もっと下から! 影を作るんだ、影を!
アイドルが光るには、闇が要るんだよ!」
「ステージ中央、ずらせ! 角度5度右、そこが“物語の中心”だ!」
ADたちは慌てて動き出す。
照明が点滅し、セットが軋む音が響く。
現場全体が、彼の“演出”に飲み込まれていく。
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数分後、セーラー服姿のアイドルたちが入ってきた。
きらびやかな笑顔、完璧な立ち位置。
BeautyOzakiはステージの端で腕を組み、
その一人ひとりに視線を投げた。
「魅せようぜ……最高の舞台を。」
アイドルたちは息を合わせて叫ぶ。
「はいっ!!!」
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そして、オンエア。
照明が一斉に灯り、音楽が流れる。
笑顔で歌い、踊る少女たち。
計算された演出、完璧なカメラワーク、タイムコード通りの奇跡。
視聴率は間違いなく成功するだろう。
スポンサーも満足する。
スタッフも拍手を送る。
だが、BeautyOzakiは、モニターを見つめながら微かに首を傾げた。
「……完璧すぎる。」
音楽が鳴り終わっても、胸の奥に残るのは静寂。
彼の求めている“伝説”は、そこにはなかった。
ゆっくりと、ポケットからメモを取り出す。
“違う…これは本物じゃない…”
再び書き殴るように詩を書き始め、
その視線は、どこか遠い虚空を見つめていた
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