第203話 飴玉の空の下で
虹色のアーチが空を横切り、ピンク色の雲がゆっくり流れていた。
レインボーメルヘンワールド──甘い香りが漂う夢のような空間。
ミオとYukariがジョインした瞬間、空気がたわんだ。
視覚エフェクトのせいではない。
ワールド全体のテンションが、ほんの少しだけ沈黙したように感じられた。
ミオはふっと周囲を見渡す。
このワールドは女性比率が高く、どこもカラフルで華やか。
リボンをつけたアバター、ウサギの耳、テディベアの着ぐるみ。
可愛いものの集合体──だが、そこには独特の“順位”があった。
ミオはすぐに一つのグループに「目をつけた」。
彼女たちはお菓子の屋台のそばで談笑していたが、
ミオと視線が合った瞬間、反射的に目を逸らした。
ミオが一歩踏み出す。
そのとき、Yukariが彼女の手を握り、引き留めた。
「ミオちゃん……今はね?」
その声には、言葉にならない空気の読みが含まれていた。
ここでは“完璧”は疎まれる。
ミオの存在は、このワールドでは「可愛すぎる」という罪を背負っていた。
ミオは振り返り、Yukariの手を両手で包み込むように握った。
そして、優しく笑った。
「Yukariちゃん、大丈夫。行こう?」
その一言に、Yukariは小さく息を呑んだ。
ミオが「怖くない」と言っているのではない。
“自分と一緒なら、空気を押さえられる”──そう言っているのだと、直感で理解した。
Yukariは深呼吸し、ミオと並んで歩き出す。
そして、グループの前で足を止めた。
「こんにちは♪」
明るく、柔らかな声だった。
人間の声。
ミオは少し後ろで微笑んでいる。
その立ち位置と表情のバランスは、完璧だった。
まるで“人間の陰影”を計算した上での自然さ。
ウサギとテディベアのアバターたちは、一瞬固まった。
レインボーメルヘンの常連たちは知っていた──ミオはこのワールドで少し“嫌われている”。
あまりにも完成されすぎた可愛さ。
努力や試行錯誤の跡が見えない“天上の存在”。
それは、多くの女性にとっての「努力の否定」でもあった。
しかし、話しかけたのはYukariだった。
アメリカの大学を卒業した帰国子女、理知的で、現実でも整った美貌。
そして今やVerChatの“顔”とまで呼ばれる存在。
彼女が笑って声をかけてきたら──無視などできるはずがない。
「……こんにちは」
「このワールド、初めてですか?」
そうして当たり障りのない会話が始まった。
けれど、その短い会話のあいだに、ミオは自然にYukariへ寄り添い、
そっと彼女を上目遣いで見上げた。
それは、あまりにも自然だった。
無意識の仕草のように見えた。
けれど、その瞬間、グループの誰もが同じことを思った。
──負けた。
可愛さではなく、“関係の深さ”で。
Yukariとミオの間にある親密さは、誰にも演じられないリアルだった。
ミオは微笑み、Yukariの手を握る。
「行こっか」
二人はゆっくりと歩き出す。
残されたテディベアやウサギたちは、何も言えずにその背中を見送った。
飴玉が浮かぶ空を見上げながら、ミオがふと笑った。
「あはは……Yukariちゃんから話し始めてくれたんだね」
Yukariはその横顔を見つめながら、静かに言った。
「うん……やれること、全部やっちゃおうね♪」
ミオは嬉しそうに目を細めた。
「うん♪」
飴玉の影が、ふたりの手の上を虹色に照らした。
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