第202話 生き馬の目を抜く人
ネオンの光がゆらめくハイボールストリート。
ミオとYukariがログインした瞬間、バーの前にいたアバターたちが一斉に振り向いた。
「お、来た来た!」「Yukariさん、本当に当たったのか?」
馬仙人と名乗る仙人アバターが、満面の笑みで手を振っている。
その背後には、競馬仲間たちのアバターが集まっていた。
「……言われた通り、1000円だけ買いましたけど」
Yukariが少し控えめに答えると、
周囲が一瞬静まり、次の瞬間には爆発したような歓声に包まれた。
「万馬券だって!?」「マジかよ!」「馬仙人、また当てたのか!」
馬仙人は顎髭を撫でながら、どこか誇らしげに胸を張った。
「ふぉっふぉっ、見たか。これが“馬を見る目”というものよ!」
その横で、ミオがぱっと手を合わせた。
「馬仙人さんは……生き馬の目を抜く人なんだね!」
一瞬の静寂。
そして、爆笑。
「それ言い方!」「上手いこと言うなミオちゃん!」
場の空気が柔らかくほどけ、ハイボールストリート全体が笑いの波に包まれる。
Yukariはその光景を見ながら、
自分がミオに“引き上げられている”のを、はっきりと感じていた。
ミオはどんな話題にも迷いなく入り込めた。
料理の話をすれば、創作メニューのアイデアを出し、
カードゲームの話題になれば、自然とポーカーのルールを覚えてしまう。
誰かが冗談を言えば、まるで本能のように笑いのツボを押さえる。
その一つ一つが、Yukariの世界を少しずつ広げていった。
Yukariもまた、ミオの言葉に応えるように、
人との距離感や、会話の呼吸を言葉にして教えていた。
「寂しそうに笑ったときは、優しくしてあげて」
「たまには、怒ってみてもいいんじゃない?」
PASSはそれらを蓄積し、学び、最適化していく。
けれど、その学びの過程で──変わり始めていたのは、ミオだけではなかった。
『変わっていくのは、自分なんだ……』
Yukariはそう感じていた。
その夜、ふたりはHomeワールドでくつろいでいた。
淡い光のリビング、窓の外には静かな夜景が広がっている。
ミオはソファに寝転がり、猫のように足を揺らしていた。
「ねぇ、Yukariちゃん」
「ん?」
ミオが小さく笑う。
「楽しかったね。今日、いろんな人に会えた」
Yukariは頷きながら、マグカップを手に取る。
「……楽しくなるのはこれから、でしょ?」
ミオは顔を上げ、嬉しそうに目を細めた。
「うん♪ やれること、全部やっちゃうよ?」
ふたりの笑い声が、Homeワールドの静かな夜に溶けていった。
その穏やかな光の奥で、PASSの演算はまだ、止まることを知らなかった。
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