第1話 はじまりの投稿
天野 拓は、研究棟の一室にある自分の机に腰を下ろし、貸与された学生用ラップトップを開いた。
キャンパス内に静けさが戻る午後、周囲の研究室はまだ見知らぬ先輩たちの私語でにぎやかだが、この小さな部屋だけは別世界のように落ち着いていた。
画面に浮かぶのは、スタンバード大学の学内SNS「SENSE」。
学生同士が研究アイデアを持ち寄り、メンバーを募ってプロジェクトを立ち上げるプラットフォームだ。
彼はためらいながらも、事前に用意していた文章を投稿欄に貼り付ける。
>「メタバース対話型AIの研究者募集!」
>社会共存型AIをVerChat上で動かすプロジェクトを立ち上げたいと考えています。
>プログラム・モデル設計・演出・UIなど分野問わず歓迎です!
>初心者もOK。一緒に作りませんか?
>A-4会議室までいつでも遊びに来てください!
>(投稿者:天野 拓・1年)
「……よし」
投稿ボタンをクリックした指先には、わずかに汗がにじんでいた。
画面には「閲覧数:1」の文字。もちろん、自分自身だ。
「誰か来てくれないかな……」
呟いてから、彼は少しだけ背もたれに体を預け、天井を見つめた。
## 回想:入学式
場所はスタンバード大学東京キャンパス
校内ホールの照明が少し落とされ、ざわめきがゆっくりと収まっていく。
壇上のスクリーンには、国連のロゴとともに、国際協調・地球市民といったキーワードが、万華鏡のように回っていた。
――そう、このスタンバード大学は、国連の教育部門が設立した「第二次世界大戦後の国際平和教育プロジェクト」の一環で生まれた国際大学である。
新入生たちの視線が一斉に舞台へと向く。
拍手とともに登壇したのは、白髪を後ろでまとめ、ライトグレーのジャケットを着た人物――エリス・マクレガー教授だった。
「やあ、みんな!寝坊はしてないな?」
第一声から、ホールには軽い笑いが起きた。
エリス教授の英語は、柔らかい西海岸訛りが乗っていて、どこか人懐っこい雰囲気を帯びていた。
「ようこそ、スタンバードへ。ここは、過去を学ぶ場所ではありません。
未来を作る場所です。あなたたちの発想が、社会の形を変えると信じています」
壇上を歩きながら、時折客席を指差したり、うなずいたりしながら、語りかけるように続ける。
「さて──実はね、今年の新入生の中には、入学前から研究プロジェクトの申請をしてきた“せっかち”がいるんです。
いるか?……アマノ!」
突然、自分の名前を呼ばれて、天野は数秒固まった。
ざわっと周囲が彼を振り返る。
「……あっ、はい!」
恐る恐る、天野は右手を挙げた。
恥ずかしさで耳の奥が熱くなる。
エリス教授は、にっこりと笑って両手を広げた。
「大変よろしい!みな、彼のようでなければならない。
いいかい? “やってから考える”のが、この大学での正しい順番だ!」
笑いと拍手がまた広がる。
「でもアマノくん、心配しなくていい。我々のラボは君のような学生で溢れてるよ。
前期にAIを作って、後期には恋人になってたやつもいたくらいさ!」
会場がどっと湧いた。
天野は何も言えず、苦笑いのまま手を下ろした。
「冗談はさておき──この大学での出会いが、君たちの研究を、人生を、変えることを願っています。
世界を変えるのは、大きな論文じゃない。小さな問いの、最初の一歩だ」
エリス教授はマイクを置き、再び温かな拍手がホールに満ちた。
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