第18話 限界の演出「“感じさせる”には、足りなすぎる」
天野は、研究室の端でひとり、X(旧Twitter)のタイムラインを眺めていた。
いつもなら、感動や驚きの声があふれる「#ミオ観察記録」タグ。
けれど、そこには少しずつ、異なる雰囲気の投稿が混ざり始めていた。
>@深読みマン
>最近のミオ、視線パターンが読めてきた。最初に0.5秒見てから目をそらす → 1.8秒後に微笑む、ってやつ。
>もうちょいランダム性ないと、人間っぽくない。
>@AI系実況垢
>ミオの“間”に慣れてきた。あの「ちょっと遅れて笑う」やつ、たしかに最初は刺さったけど、今は構えて待ってしまう。
>@演出厨
>演出の手の内が見えすぎ。演技が上手いAIっていうより、AIが演技してるのが透けて見える感じ。
>初見殺しの感動は、二回目以降はもう来ない。
天野は、黙ってスクロールを止めた。
そのどれもが、決して悪意ではない。
むしろ、真剣にミオを見てくれた人だからこそ、気づいた“繰り返し”だった。
──これが限界なんだ。
どれだけ演出を積み重ねても、“演出である”と気づかれた瞬間に、それは“人間ではない”と宣告される。
研究室ではいつものように笑い声が飛び交うでもなく、
全員がそれぞれの画面に集中し、黙々と作業を続けていた。
そんな中、天野が李にこぼす。
「ねぇ、李さん……進化版のPASSって、作れないの?」
一瞬、場の空気が止まった。
西村が、ため息をついてコーヒーを置く。
「逆立ちしたって、どうにもならんよ」
彼は、自分のノートPCの前でフリーズしかけたログウィンドウを指さした。
「こっちは毎回、“3Dアバターの全身トラッキング”を、リアルタイムでビデオ解析してるんだ。
ユーザーのちょっとした首の傾き、腕の微振動、目線の揺れ──
全部、こっちで拾って、そこに“それっぽい反応”を演出してる」
「でも、それって……」
「スペックが足りないんだよ、天野。
東京キャンパスにあるGPUは、民生用ミドルレンジ。
あれで“秒間30フレーム以上の多関節アバター挙動”を解析しろってのが、まず無理ゲー」
李も、苦い顔で頷いた。
「演算だけなら、僕が回すだけなら、理論上は可能です。
でも──“人間にとって自然に見える条件”って、数学やITだけじゃ定義できないんです」
「……つまり?」
「アバターの動きに“違和感なく反応する”には、
視覚認知、骨格の可動域、表情の意味づけ、文化依存のモーション解釈まで必要です。
人間工学の専門家が居ないと、そもそも正解が分からないんです」
西村が頭を掻いた。
「それに今のPASSって、結局“演出の後出し”だからな。
“発言に合わせて動く”んじゃなくて、“動いてるように見せる”しかできない。
観察の逆方向。受動的な幻術だよ、あれは」
天野は、モニターに表示されたログを見つめた。
そこには、ミオの“目線の揺らぎ”と“瞬きのタイミング”が、数ミリ秒単位で補正された記録が並んでいる。
「……これだけ緻密に作ってるのに、まだ“足りない”ってことか……」
「足りないなんてもんじゃないよ」
西村は苦笑した。
「PASSは、魂のないピエロだよ。
動きは真似できても、“空気”には触れられない」
李が、静かに言った。
「もし、本当に“人間とAIが自然に交わる”世界を目指すなら──
演出の精度じゃなくて、共感の本質に触れなければなりません」
天野は、それ以上何も言えなかった。
VerChatの中で、ミオは今日も「完璧に可愛い」ままだった。
けれど、その背後で動いているPASSは、限界ギリギリの幻術師だった。