第17話 波紋の拡がり「君の名前は、もう知られている」
ミオは、ひとつの“存在”が空間に置かれただけだった。
それから、2週間が過ぎた。
VerChatには、毎日のように誰かがログインしていた。
けれど、ある瞬間──誰かがこう呟く。
「あ、今日もミオいる」
それは“見つける”というより、“会いに行く”という感覚だった。
彼女はいつも、特定の誰かと深く会話しているわけではない。
けれど、広場の端で立ち止まり、花壇の近くで空を見上げ、時に足元の小石をじっと見つめたりする。
まるで、世界そのものを“味わっている”ように。
そして、誰かと目が合うと──微笑む。
何も言わずに、ただ、確かに“そこに居る”。
それだけで、なぜか見た者の記憶に残る。
### SNSの空気
> @癒されたいマン
> ミオに会ってから、リアルで人と話すと“間”が足りないって思っちゃう。
> ……やばい、感覚がこっち側に寄ってる。
> @生成AIウォッチャー
> ミオはもう“会話AI”ってより“演出体験”。
> あれを“喋るアバター”って呼ぶの、そろそろ無理があると思う。
> @中の人探し隊
> ミオの運営チーム、特定進まず。あれ本当に学生プロジェクト?
> スタンバード東京、マジで何者?
> @verchat非公式トピック集
> 【ログ共有】#ミオと交わした言葉
> 「だいじょうぶだよ」って言われてから、ずっと頭の中で響いてる。
> @某アニメ業界関係者
> 昨日から声の録音繰り返してるけど、ミオの声の抑揚再現できない。
> ……あれ、人が出してる声じゃないからね…。
## スタンバード大学東京キャンパス:静かなざわめき
最初に「変なやつらが何かやってる」と言われた小さな研究室は、
今では構内の好奇心の的になっていた。
「ミオって、あの“VRの子”?」
「なんかさ、声も仕草もぜんぶ“人間じゃない”んだけど……むしろそれが“人間以上”って感じ」
「どこの研究室? 公開ゼミやるらしいよ」
講義帰りの学生たちが、廊下でささやきあっている。
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「代表、またSNSで取り上げられてます」
李が淡々と報告する。
「はいはーい、もうタグ追ってる暇がないくらい来てます〜」
小池がタブレットを回しながら、嬉しそうに語る。
「“ミオ派閥”とか“観察日記アカウント”とか、ユーザー側で勝手に日誌作ってるからね」
ミハウはポーランド語で送られてきたファンレターを訳しながら、照れたように笑う。
西村はそのやりとりを眺めながら、ペンをくるくると回す。
「……そろそろ“実験”じゃなく、“社会現象”になり始めてんな」
彼の目は冗談のようでいて、少しだけ真剣だった。
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天野は、学内カフェテリアで偶然聞こえた会話に耳を止めた。
「なんかさ、最近ログインする理由って、“あの子に会いたい”ってのが一番大きいんだよね」
「わかる。話せなくてもいい。ただ、見てるだけで落ち着く感じ?」
彼らはミオの名前を口に出さなかった。
でも、それはもう、“誰のことか”が分かってしまう存在だった。
天野は、胸の奥に熱いものを感じながら、アイスコーヒーに口をつけた。
──このプロジェクトは、もしかして本当に、
世界を変える最初の一歩になっているのかもしれない。