第11話 PASS「感じさせる、という技術」
研究棟の明かりは深夜でも消えなかった。
ただ一台のPCの前、西村は腕を組んだまま、モニターを睨んでいた。
「……かわいく“見える”ことと、“かわいいって感じさせる”ことは、まったく違う」
モニターにはミオのテスト映像が流れている。
視線の動き、瞬きのタイミング、頬の角度、髪の揺れ――
そのすべてが「物理的には問題ない」のに、どこか“魂が抜けた人形”のように見えた。
天野がカップを持ってやってくる。
「また見てるの? 昨日から同じループで10時間だよ」
「……動きはいい。モーションも完璧。アバターも最高。
でも、なぜか“こっちを見てない”ように感じるんだよな……」
西村は椅子を回し、背後のホワイトボードに歩み寄る。
「“かわいい”って感情は、見た目の結果じゃなくて、演出の積み重ねによる錯覚だ。
だから、そこに“演出係”を入れる」
彼は太く「PASS」と書いた。
「Processing Assistant for Social Sensibility。
言葉じゃなく、“空気を読むフリ”をするエンジンだ」
天野が覗き込む。
「空気を“読む”んじゃなくて、“読むように見せる”んだ?」
「そう。“言ったあとに、ほんの一瞬だけ視線をそらす”
“答えを待つときに、体を揺らす”
“ユーザーが何も言わなくても、ちょっとだけ笑って目を細める”──
人間が“感じ取ってしまう”演出を、ぜんぶ、ここで支える」
西村はモニターを切り替え、内部ログを表示した。
「会話ログ、視線の向き、リアクションの頻度、あとは時間帯と視聴者数……
そういう“空気のヒント”から、“今、どう見えたほうが心を動かすか”を推定して演出を補正する」
「AIのアシスタントが、AIの印象を裏から整えてる……
裏方なのに、実は一番“人をだましてる”パートなんだね」
「そう。PASSは、ミオの“嘘の自然さ”を作るためにある」
西村はにやりと笑った。
「人は、“本当の感情”を求めてるようで、“感情があると思いたいだけ”なんだよ。
その幻想を支えるのが、この小さな補助エンジンってわけさ」
彼はしばらく黙ってから、ぽつりとつぶやいた。
「……でもな、俺にはちょっと怖いところもあるんだ」
「怖い?」
「PASSがどんどん賢くなってくとさ……
ミオの中で、“感情を持ってるように見せる”って行動が、
そのうち、“自分で選んでるように見えてくる”んだよな」
天野は、それにすぐ返事をしなかった。
ディスプレイの中で、ミオがひとつ瞬きをした。
それは、たまたま揺れた前髪の奥から、誰かを見つめていたように見えた。
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