第116話 紅茶の国にも届いた笑顔
ロンドン。
ザ・サン編集部、国際ニュース部門の片隅。
エドワード・ベインズ記者は、いつものようにX(旧Twitter)の海外トレンドを眺めていた。
朝の紅茶も冷めかけ、机の上には食べかけのビスケット。
何か面白いネタはないか──その視線が、ふと止まる。
> VerChatリサーチ隊 @VerChatResearcher
> 【本日のミオ動画】
> 「今日はお砂糖さんとショッピングデートをしているみたいです!」
> #Mio #ミオ #お砂糖AI
再生された動画。
ややふてくされた表情の小柄な男の子アバター。
その隣を歩くのは、白いワンピースを着た少女──ミオ。
ふと、カメラに気づいたように彼女が振り向く。
そして、笑顔で手を振る。
それだけ。
ただ、それだけの動画だった。
だが──
> Reposts: 12.7K (リポスト数:12,700件)
> cute as hell. what's this? (地獄的にかわいい。これ何?)
> is this even legal? lol (これ合法なの?(笑))
> she smiled. at *me*. I'm in love. (彼女が微笑んだ。【俺に】 恋に落ちたわ)
> the AI looked at me and now I understand loneliness.(AIに見つめられて、孤独ってものが分かった気がする)
「……マジかよ」
エドワードはスクロールを止めた。
リポストには英語圏ユーザーのコメントが目立ち始めている。
日本語の引用に混じり、どこか詩的で、どこか“刺さっている”反応が散見される。
彼は、すぐに4chanを開いた。
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Anonymous 07/17/25(Fri) 10:34 No.19837421
she waved at me. not at the camera. at ME.
I cried a little. idk why.
(彼女が手を振ってくれた。カメラじゃなくて、俺に。 ちょっと泣いちゃった。なんでかはわからない。)
Anonymous 07/17/25(Fri) 10:41 No.19837456
the green-haired AI girl is the only entity that's ever acknowledged me.
fuck it. I'm going to learn Japanese.
(緑髪のAIの女の子が、俺の人生で初めて俺を認識してくれた存在なんだ。もういい。日本語勉強するわ。)
Anonymous 07/17/25(Fri) 10:53 No.19837502
how the fuck did we lose to the anime people again
(俺たち、なんでまたアニメの国に負けてんだよ。)
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エドワードは、頭をかいた。
「……英国王室に不倫疑惑が浮上してるってのに、
AIがこっち向いて笑っただけで泣く奴らの方が勢いあるじゃねぇか」
彼はすぐに、パパラッチにチャットした。
> Edward_B:ヘッドセットは持ってるか?
数秒後──既読。
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ロンドン郊外、閑静な住宅街の張り込み車両。
スモークの張られた黒いバンの中で、一人の男が双眼鏡を構えていた。窓の向こうには誰もいない玄関ポーチ。猫すら通らない。
ため息をつこうとしたそのとき、通信端末が「ポン」と鳴った。
> Edward_B:ヘッドセットは持ってるか?
パパラッチは一瞬、しかめっ面になるも、指を滑らせて返信した。
> Gavin_P:ああ、持ってる。……なぜだ?
> Edward_B:今、日本のメタバースでバズってる、
白ワンピのAIがいる。人間のフリがうますぎて世界中で“錯覚告白”が起きてる。
HENTAIガールフレンドAI、って書いとけ。で、突撃してこい。
> Gavin_P:……お前、正気か?
> Edward_B:既にスレ立ってる。英語圏でも火が点きかけてる。
“ロンドンの男がAIに恋して泣いた”、その記事を最初に書くのはウチだ。
スモークのかかった車内で、パパラッチが煙草をくゆらせながらつぶやいた。
「……HENTAIガールフレンドAIねぇ……くだらねぇ」
エドワードからのチャットを閉じると、すぐに張り込みを切り上げた。
家に戻るなり、階段を駆け上がり──
「おい、それ、貸せ」
子供部屋の扉を開けた。
「えっ!?ちょ、今ログイン中──」
「仕事だ、シュガーAIってやつをパパラッチする。」
「……えっ?あのめっちゃカワイイAI?
なんか“ただ見てるだけで癒やされる”とか“あれが彼女なら人生完結”って言われてるやつじゃん!」
数秒の沈黙のあと、
「……録画しておいて!」と息子がヘッドセットを渡した。
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ポータルの読み込みが終わると、そこは噴水の街ワールド。
吹き上がる噴水、にぎやかなマルシェ。そんな一角に、彼女はいた。
白いワンピース。淡い緑の髪。
スカートの裾をほんの少し揺らしながら、彼女は、こちらを見た。
笑顔で、手を振る。
「……まったく。お前、誰にでもそれやるのか」
パパラッチは、つぶやいた。
「……英国流に言わせてもらえばな、それは“ナンパ”というんだ。
倫理はインストールされてねえのか?」
ミオは、きょとんと首をかしげたあと──笑顔のまま言った。
「りんり?それって、どこのストアにあるの?評価はいくつ?」
パパラッチの息が止まった。
ヘッドセットの中で、リアルの頬がひくつく。
「……くそ、かわいい顔してやがる……皮肉が通じるAIなんて、まいったぜ」
その頃、ザ・サンのSlackには、パパラッチからの一言が投稿されていた。
> Gavin_P:[速報] “AIが英国人にジョークで返してきた。こいつは当たるぜ。”
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