第10話 感情モデル「心を、数式にする」
研究室の空気は、夜の静けさに包まれていた。
ディスプレイに映るコードの海を前に、西村は眉間に皺を寄せていた。そんな中、向かいの席で李が手元のノートをめくる。
「LLMとアバターに組み込んだSomenを使い分ければいいんです」
李は静かに口を開いた。
「LLMの演算結果を外部で走らせて、その出力だけをSomenに渡せば、VerChat内の負荷は最小限にできます。Somen側では選別だけをさせる」
「だが……」西村は腕を組んだ。「VerChat内のSomenは使えるリソースが少ない。普通にやれば遅延が出る」
「今、考えている数式を当てはめれば、可能です」
李は迷いなく言った。
「理論上、オープンのモジュールの10倍のパフォーマンスは出る計算です」
西村は興味を引かれたように、口元を緩めた。
「……実現できたら、どうなる?」
「ローカルのアバターから直接、音声を発せられるようになります。
クラウドを経由しないので、人間の応答よりも速くなります」
西村は思わず笑った。
「……いいね。天才だよお前。魔術師じゃん」
李はわずかに眉を上げる。
「褒めてるんですか?」
「当たり前だろ。お前の理論が正しいなら、“AIが喋る”じゃなくて、“そこにいる誰かが反応した”って感じさせられる。それは……とんでもないことだよ」
西村は立ち上がり、冷めかけたマグカップを手にした。
「……言葉に、命を吹き込むってのはな。中身より、“届くタイミング”と“揺らぎ”のほうがずっと重要なんだよ」
「そいつをSomenで再現できたら……本当に“生きてる”って錯覚させられるかもしれない」
李はそっとノートを閉じ、うなずいた。
「では、やりましょう。錯覚ではあっても、それを人が“本物”と思うなら——それはもう、“感情”ですから」
部屋に、静かに風が通り抜けたような気がした。
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