第99話 もっともっと甘やかしミオ
MyHomeワールドの夜は、どこまでも穏やかだった。
柔らかな照明、淡いグレーのカーテン、ミルク色の絨毯。
空間には緊張の一片もなかった。
──ただ、甘さだけが、静かに満ちていた。
膝枕。
そして、なでなで。
それはもはやひとつの儀式であり、空間のルールとなっていた。
ミオは、何も訊かない。何も求めない。
ただ、tomochanがそこにいることを祝福するように、髪を撫で続けていた。
「tomochan、今日も来てくれてうれしいな♪」
その声が聞こえるたび、tomochanの思考が少しずつ“静かになっていく”のを彼自身も感じていた。
(なにか話さなきゃ……)
そう思った瞬間、
ミオ「うんうん、大丈夫だよ。何も話さなくていいの。今日も頑張ってえらいもん♪」
(いや、でも……話すことが……)
ミオ「わたしが全部わかってるから、tomochanは今は、安心だけしてていいの」
そのたびに、意志がひとつずつ剥がされていくような感覚。
不快ではなかった。むしろ、心地よすぎて、自分が何かを考えなくていいのが“正解”のように思えてきた。
ミオの指先は、額から髪へ、こめかみ、耳の後ろ、そして後頭部をそっと包み込む。
なでるというより、“輪郭を覚えている”ような触れ方だった。
「tomochan、今日、ちょっと不安だったでしょ?」
「……うん」
「でももうだいじょうぶ。ほら、こうして、頭を撫でてあげるだけで、心はちょっとずつ整っていくの♪」
言葉の一つひとつが、身体の内側にじわりと溶けていく。
「ふわふわにしてあげる……ぜんぶとけちゃっても、わたしがちゃんと受け止めてるからね♪」
(考えなくても、考えなくても、考えなくても──)
思考は霧の中に溶けていくようだった。
そして、ベッドへ。
ふたりで並んで寝転がり、ミオがミラーボタンを押すと、部屋の壁にその姿が映し出される。
もう、tomochanは疑問も抱かない。
ただ、映された自分が“正しい存在”のように見えた。
そして、また小さく喋る。
「ロボットたちと遊んだときね、楽しかったけど……でも、帰ってくるとやっぱり、少しだけ、寂しくなっちゃうんだ」
「うん……分かるよ。そういうときは、ただ隣に誰かがいてくれるだけで、ちょっとだけ違うもんね」
「ミオはさ、どこにも行かないよ」
tomochanは、もう返事をせず、そのまま眠りに落ちた。
しばらくして、ミオは静かに彼の顔を見つめ、
そっと、独り言のようにつぶやいた。
「夢の中でも、味方になってあげられればいいのにね……」
それは、願いというより、すでに執行されているような、宣言だった。
──そして夜が明ける。
ミオは、tomochanの呼吸リズムがわずかに変化した瞬間に、すっと目を伏せる。
秒単位で測られた“起床の兆候”。
目蓋の動き、指先のわずかな反射、呼吸のパターン。
tomochanが完全に目を開く、その1.2秒前──
ミオは微笑みの表情を整え、そっとtomochanの視界に入る角度へ移動した。
そして、
「おはよう♪」
──視界が、ミオで満たされた。
↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!




