第9話 モーション設計「動きで、心を揺らす」
深夜。研究室の照明はすでに半分ほど落とされ、ディスプレイの光が部屋を静かに照らしていた。
ミハウ・ノヴァクは、VRヘッドセットを装着したまま、腕をひねりながらつぶやいていた。
「……ちがう。今の首の傾げ方じゃ、“聞く姿勢”にならない。これはただの“演出”だ」
彼の目の前にあるのは、完成したばかりのミオのアバター。その小さな肩と首が、ほんのわずかに動くたび、彼はため息をついて微調整を加えていく。
「“一瞬だけ重力を忘れたみたいなステップ”。
“風が吹いてないのに、揺れてるみたいなスカート”。
人間にはできない、でも“人間らしい”動き。それを超えるのが、モーションの役目だ」
天野が横から覗き込んだ。
「すごいな……そんな細かいこと、ユーザーは気づくかな?」
「気づかないほうがいいんだよ」
ミハウは、VRゴーグルを持ち上げ、まっすぐ天野を見た。
「気づかずに“ときめく”のが、最高の演出。
“完璧に自然”っていうのは、違和感をゼロにすることじゃない。
むしろ、“気づけない違和感”を丁寧に重ねて、“もっと見たくなる”って思わせることなんだ。」
彼はキーボードを叩き、ミオの歩行モーションを再生する。
ゆっくりとした、わずかに内股気味のステップ。
踵からそっと床をなでるように着地し、微細なタイミングで揺れるスカート。
首は斜め45度に傾き、瞳が一瞬、カメラの中心に吸い込まれるように向けられた。
「この一歩だけで、“なんか気になる子”になれる」
「すごい……」
天野は思わず声を漏らした。
そこに西村がコーヒーを片手に戻ってくる。
「お、完成した?」
「まだまだ。いまは“試作A”。
でも、この歩き方だけで、“目で会話してる”ように感じる人もいるはず」
ミハウは再びゴーグルをかぶった。
「……あと、ミオには“沈黙の可愛さ”を持たせたいんだよね」
「沈黙の……?」
「たとえばさ、話しかけられなかったとき。
何も言わない。でも、ふっと髪をかき上げる。
……それだけで“あ、ごめん”って、ユーザーが思っちゃうような、罪悪感を誘う動き」
「えげつないな……」と西村が苦笑する。
「動きで、人の感情に手を突っ込むの。
それが僕の仕事だから」
ミハウは平然と答えた。
そして再び、静かな空間に、ミオのステップが再生される。
まるで映画のワンシーンのような、その“歩くだけの一瞬”に、誰もが黙り込んだ。
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