6、紅一点の聖女様
部下全員のかかり稽古が終わり、ヴィクターが合図を送る。
みんな肩で息をしており、汗の香りで訓練場が満たされている。
「10分休憩だ」
「はい!」
休憩の号令がかかり、部下たちはみんなほっと安心したようだった。
流れる汗をタオルで拭きながら、ヴィクターは水を飲んでいる。少し疲れたようだが、まだまだ余裕という様子だ。
「198……199……200……!」
ちょうどその時、バカ真面目に言われた通り訓練場の端で腕立て伏せをしていたルナは、200回を達成して、そのまま床に崩れ落ちた。
頬を流れた汗が床に水溜りを作っているし、もう腕には感覚すらない。
「200回やりました……どうですか……?」
ルナが床にへたりこみながらヴィクターに告げると、
「それを朝昼晩3セットやれ」
「ひえぇ……」
と鬼のような宣言をしてきた。
しかし、ステータスをMAXにしてトゥルーエンドを目指すためには、このぐらいでぐうの音を上げているわけにはいかない。汗をぬぐい立ち上がる。
「聖女様! すみません」
すると部下の1人が、先ほどヴィクターに体ごとぶん投げられていた同僚を肩で支えていた。
「彼が足を捻ってしまいまして……よければ治していただけないですか?」
足首を捻ってしまったのだろう。痛みに顔を歪めている青年がかわいそうなので、ルナは慌てて駆け寄った。
「もちろんです、では治癒魔法をかけますね」
足を引きずっている彼を椅子に座らせ、持ってきていた杖を彼の足にかざす。
翡翠の魔法石が明るく光り、彼の足が光で照らされる。
「おお、痛くなくなった……! さすが聖女様」
すぐに痛みが引いたと立ち上がり、問題なく歩けそうなのを確認して喜ぶ青年。
その様子を見て、休憩中の部下たちはこぞってルナの周りに集まってきた。
「僕もあざができ痛いので、お願いします」
「俺も切り傷で血が出ていて……」
「はい、順番に治癒しますので、待っててくださいね」
いつの間にかルナの前には、治癒魔法待ちの大行列ができてしまっている。
「おいお前ら、その程度のかすり傷なら薬や包帯でどうにかしろ。模擬訓練程度で、いちいち聖女を頼るな」
さすがに上官のヴィクターが注意をしにきたが、部下たちは愛想笑いをして顔を見合わせている。
「あはは、だって、な?」
「やっぱ可愛い聖女様に治してもらえる方がテンション上がりますもん」
明らかにデレデレして鼻の下が伸びている部下たちに、
「まったく……」
ヴィクターは嫌そうに顔を歪ませる。
だから言ったのだ、女がいると規律が緩むと。そう心で思いながら舌打ちをしている。
しかし頼られて嬉しいのか、紅一点で居場所がなかったのに馴染めて嬉しいのか、ルナは嬉しそうに杖を振い続ける。
そうして10人近く治癒したところで、休憩時間が終わり訓練が再開しようとした時、
「っと、あれ……?」
全員に治癒魔法をかけ終わったルナは立ち上がった瞬間、自分の頭から血の気が引いていくのがわかった。
視界がゆっくりと真っ白になっていき、力が入らない。
「おい、大丈夫か!」
人見知りの緊張から、腕足せ伏せをした肉体的疲労に加え、何度も治癒魔法をかけて魔力が空っぽ。
気力・体力・魔力がエンプティになったルナは、訓練場の床に力なく横たわった。
消える視界の中、手を差し伸べてくれるヴィクターの姿が見えたが、そのままルナは気を失ってしまった。