5、ヴィクター様と体力訓練
ゲーム内での日常ターンが始まった。
一日は午前と午後、夜と3ターンに分かれており、ステータスを上げるために行動を起こせる。
ヴィクターと共に行動すると『体力』のスキルが上がり、リロイと居ると『魔力』が上がる。
自室で本を読むと『知力』が上がり、街を歩いて人助けをすると『人望』が上がる。
この四つのスキルをバランスよく上げていかねばならないのだが、途中でメインキャラとの恋愛イベントが発生し、そちらに夢中になるので中盤からステータスを上げる行動は投げやりになってくるのが、乙女ゲームでありがちなプレイだ。
しかし、『トゥルーエンド』を見るためには、スキル上げを絶対におろそかにしてはいけない。
ルナは午前中は体力スキルを上げるため、ヴィクターの元へと向かった。
まずは元気に朝の挨拶から、と思い、ヴィクターの部屋の前で深呼吸をし、
「失礼します、おはようございます!」
ノックをして扉を開ける。
突然の来客に驚いたのか、ヴィクターが勢いよく振り返る。
「おい、ちょっと待て」
中から静止の声がかかっていたのだが、ルナは気合いに任せて扉を開けてしまった。
そこにいたのは、シャワーから上がったばかりだったのか、上半身裸で濡れた体を拭いているヴィクターだった。
浅黒い肌に、引き締まった筋肉。六つに割れた腹筋のくぼみに水滴が流れ落ちている。
黒髪はしどけなく濡れており、歴戦の戦で負った古傷が生々しい。
「いつまで見てる」
タオルで濡れた髪を拭いているヴィクターに低い声で嫌そうに言われ、ルナはハッとしてドアを閉める。
「す、すみませんでした」
廊下に戻り、立ち尽くしたまま俯くルナ。
(今のは、ハプニングイベントのレアスチルだわ……)
と、瞼の裏に焼きついたヴィクターの裸に頬が紅くなるのを感じる。
数分後、ガチャとドアが開き、身支度を終えて隊服に着替えたヴィクターが出てきた。
「まだいたのか、スケベ女」
吐き捨てるようにそう言うと、ヴィクターはルナの方に目も向けずに練習所へと向かっていった。
並んで歩くつもりはサラサラない、ついてきたいなら勝手についてこいというスタンスだ。
普通の乙女ゲーならば、赤面したキャラと、もじもじし合って好感度が上がるのだろうが、相手がヤンデレだとこうも一筋縄ではいかない。
* * *
訓練場に向かったヴィクターについていくと、もうすでに部下の兵士たちは一列に並んでいた。
「おはようございます、ヴィクター様!」
「ああ。始めるぞ」
全員が一斉に規律よく敬礼をしたので、隊服を着たヴィクターは慣れたように返事をする。
「掛かり稽古だ。一列に並べ」
「は!」
ラインハルト騎士団は、大陸の中でも優秀な兵士たちが集まっていると評判だが、毎朝こうやってヴィクター自ら訓練をしているようだ。
「あの、私も体力のスキルをあげたいのですが、何をすれば……?」
隊服の上着を脱いで伸びをしていたヴィクターにルナが尋ねると、
「……端で邪魔にならんように腕立て伏せでもしてろ」
と、あくまでお荷物扱いのスタンスは崩さない。
ルナはしゅんとしながら、言われた通り端に行き、しゃがみ込み腕立て伏せを始める。
若い体に転生したからサクサクできると思いきや、ステータス低い初期ではすぐに腕がプルプル震えてきてしまう。
「よろしくお願いします!」
兵の1人が木で作られた訓練用の剣を構え、ヴィクターに向かって礼をして向かっていった。
「やあ!」
ルナから見ると、その部下の兵も鍛えられた体をしているし、素早い剣筋だったのだが、ヴィクターは一瞬で見切りその剣を避けると、脇腹を蹴り上げた。
くぐもった声が響き、部下はその場に倒れる。
「隙だらけだ。次」
「はい!」
その一言だけで、二番目に並んでいた部下が剣を構えてヴィクターににじり寄る。
一瞬でやられたのを見た直後なので、青年はヴィクターの隙を窺いジリジリと睨み合っていたが、ヴィクターがため息をつくと一瞬で歩み寄り、部下の胸ぐらを掴むとそのまま素手でぶん投げた。
「うわぁ!?」
「判断が遅い。次」
まるで鞄でも放り投げるかのような軽さで、成人男性を投げ飛ばした。
さすがの強さだ。ルナは腕立て伏せをしながら、ヴィクターが訓練をする様子を見て内心拍手を送っていた。
数十名いる部下たちとたった1人で相手をしているというのに、いまだに誰1人彼に傷をつけられる者はいない。さすが軍神、と言ったところである。