18、最強のドラゴン
目を開けると、周りは鬱蒼と茂った森の中だった。
森林の香りを感じながら、ルナが立ち上がると、
「こんの馬鹿! 何ついてきてるんだよ!」
ワープで移動してきたリロイが、本気でルナに向かって怒声を上げた。
その顔は、好きな女が命の危機に陥るかもしれないという焦りが浮かんでいる。
「私も使ってください、必ずやお役に立ちます!」
そんなこともあろうと、杖はいつも肌身離さず持っていたのだ。
光の聖女としてやれることをしなければという使命感に駆られていた。
「大丈夫だ。ルナは俺が命を賭けて守る」
ヴィクターはルナの覚悟が嬉しかったのか、口角を上げルナの肩を叩いた。
「呑気なんだよ、防御魔法かける僕の仕事が増えるんだからな」
二人分守るのは大変だと、リロイがため息をついた時、
グルォォォォ……!!
魔獣の咆哮が、大気を震わせた。
東の森の中心に、数十メートルの大きさはあるドラゴンが、存在感をあらわにしていた。
錆色の皮膚に、鋭利な牙。長く太い尻尾は、一振りするだけで太い木の幹を薙ぎ倒してしまう。
マテリアドラゴン。炎を吐き、その場の全てを焼き払う、紛れもないA級の魔獣だ。
これ以上街に近づかれると、被害は避けられないのは、明白。
「ちっ、ここで食い止めるぞ……!」
最強の魔獣のお出ましという、最悪の事態に、舌打ちをした。
ヴィクターは大剣を構え、地面を蹴る。
躊躇なくその強大なドラゴンに一人、立ち向かっていった。
「うおおおおぉ!」
大剣を振りかぶり、飛び上がると、ドラゴンの急所とも言われている体と胴体のつなぎめの首筋に、思いっきり刃を突き立てた。
見事な太刀筋に、大気を揺るがすような咆哮を上げ、ドラゴンが血を吹き出しながら暴れる。
ヴィクターは素早く退いたが、ドラゴンの爪が脇腹を引き裂き、反撃を喰らってしまう。
「ぐっ……!」
「ヴィクターさん!」
地面に身を投げ出したヴィクターが、すぐに起きあがろうとするが、脇腹にくらった一撃は致命傷だ。
どくどくと、赤黒い血が地面に広がっていく。
ルナがすかさず駆け寄り、ヴィクターに治癒魔法をかける。
しかしその間も、自分に攻撃を与えたヴィクターを、マテリアドラゴンは敵と認識したのか追撃しようと睨みをきかせてくる。
「Poisoning!」
リロイが、自分で開発したドラゴンを内臓の中から苦しめ殺すことができる毒魔法をかける。
彼の手のひらから青い光の筋が無数に飛んでいき、今まさに咆哮を上げていたドラゴンの口や鼻、目の中へと侵入して、光を放った。
内臓から攻撃されたドラゴンはのたうち回り、木々を倒しながらも、攻撃をやめない。
大きく口を開け、鋭い牙を見せつけながら炎の渦を吐いた。
脇腹から血を流し膝をついているヴィクターと、必死で治癒魔法を彼にかけているルナ。
2人を守るため、すぐさまリロイは魔力で防御壁を作るが、A級のドラゴンが放つ炎は、防御壁を通り抜けて熱波が襲いかかる。
「くそっ……!」
大魔導士のリロイが膨大な魔力を駆使して必死にその炎から味方を守るが、魔法陣が破られた隙間からドラゴンの炎が漏れ、彼の頬や腕を焼いていく。
「リロイ様、ご無理なさらず……!」
「無理ぐらいさせてよ、君の前なんだから」
振り返らず、背中で語るリロイ。
ドラゴンからの攻撃が終わったので、リロイは一瞬で防御壁を解き、いつも涼しい顔をしている彼にしては珍しく、汗を流しながら痛そうに顔を歪める。
肩で息をしながら、火傷を負った煤けた腕を押さえている。
「……軍はまだ来ないね、やばいかも」
大魔導士だから防護壁を作り耐えられたが、それも無限に繰り返せるわけではない。