16、どっちを選ぶ?
過去の夢を見てうなされていたヴィクターに、優しく声をかける。
腹が立つ奴ばかりだと苛立つリロイを、何も言わずに受け入れる。
ただそれだけのことだが、確実に、ヤンデレ2人のルナへの好感度は上がっていた。
しかし実感のないルナは、今日もひたすらスキルを上げ続ける。
* * *
暇さえあれば筋トレをして、本も読んで、魔力錬成の訓練をして、街に出たらボランティア。
そんな多忙な日々が続いても、自分の力が少しずつ魔力に満ちてくるし、人望が高くなっていくのをルナは感じ、大変だけれど充実した日々を過ごしていた。
「聖女様、ごきげんよう。いい天気だね」
「そうですね、よい一日を」
「この前は傷を癒してくれてありがとう、聖女様!」
「こちらこそ、元気になった姿が見れて嬉しいですよ」
街の人たちに話しかけられるので、それに笑顔で返していく。
光の聖女は、どんどん街の人気者になってきていた。
買い物帰りのルナが上機嫌に歩いていたら、後ろから聞き馴染みのある声に話しかけられた。
「ルナ、今いいか」
振り返ると、私服姿のヴィクターがいた。
黒騎士の彼は、普段着も黒い服を着ており、黒髪も相まって似合っている。
「ヴィクター様、ごきげんよう。どうされましたか?」
騎士団は休日なので、彼も街を散歩していたのだろうか。ルナが問いかけると、
「いや、この前もらったドリンクの礼がしたいのだが……」
首の後ろをさすりながら、ヴィクターは視線を泳がせている。
少し頬が赤らんでおり、もごもごと躊躇していた。
「……甘いものでも食べに行かないか」
恋愛下手な彼が、どうにか好意を寄せる女性を誘おうと思ったのだろう。
よく果物やお菓子をつまんでいるルナを見て、甘いものが好きだと知っていたヴィクターは、一世一代の誘いをした。
「え、いいんですか?」
パッとルナが明るい表情になったのを見て、ヴィクターはほんの少し、強張った口元を緩めた。
「スコーンが美味しいカフェが近くにあるらしい」
「スコーン好きです! いいですね」
ちょうど小腹が空いていたところだったので、ルナが頷くと、ヴィクターがほっとしたように目を細めた。
しかし、そう簡単に人気者の聖女と2人っきりにはなれない。
「ストーップ、意義あり」
冷たい声が急に2人に降り注ぎ、上を見ると、どこから飛んできたのかリロイが頭上に居て、腕と足を組んで不服そうに浮かんでいた。
大魔導士は当たり前のように空から登場するらしい。
「ルナの休日は、僕がもらう予定なんだけど?」
そう言い放ち、ヴィクターとルナの間を遮るように地面に着地するリロイ。
魔導士の服を着ておらず、こちらもイメージカラーの白いニットを身につけていて、珍しく私服である。
「あぁ……?」
ルナに対して優しい表情を向けていたヴィクターが、リロイの姿を見つけては一瞬で『軍神モード』の怖い顔になり、睨みつける。
「リ、リロイ様?」
もちろん、ルナはリロイと休日の予定を合わせたりはしていない。
しかし、当たり前のようにリロイは、自分と過ごすだろう? とルナに微笑みかける。
「君に似合いそうなアクセサリーの店を見つけたんだ。一緒に見に行かない?」
おしゃれで洗練されたリロイが気にいるなら、きっと素敵な宝飾店なんだろうな、とルナは思うも、先に誘ってくれたヴィクターの手前もありすぐに返事がない。
不服そうなヴィクターが一歩前へと出る。
「……邪魔するな、消えろ」
「はあ? 出会ってから存在自体がずっと邪魔なお前がそれ言う?」
ヴィクターの紅い目と、リロイの青い目が睨み合う。
2人とも美形なのに、恐ろしいほど青筋立てて、引くほどブチ切れていて、間近にいるだけでも一触即発の空気が伝わってくる。
「……ルナもルナだ、俺に優しくするくせに……ハハッ、思わせぶりなことをして、結局お前も俺を捨てるのか……?」
地雷を踏んでしまったのか、何やらボソボソと自己肯定力低すぎる発言を呟いて、俯いているヴィクターと、
「僕がいるのに、なんで君はよそ見するんだろうね。狭い部屋に閉じ込めておかなきゃだめかな?」
と恐ろしいことを言いながら暗黒微笑を浮かべているリロイ。
ルナが冷や汗をかいていると、
「俺と来い」
「僕を選ぶよね?」
2人がルナの方を向いて、手を差し伸べてきた。